第63話 乾坤輝く
吐く息が白い。
空が白み始め、海との境に太陽の気配が煌めく。
「もうすぐかな?」
隣にいる湊が期待を込めて言う。凪は「うん、もうすぐだと思う」と答えた。
凪と湊は初日の出を見に来ていた。
海から昇る初日の出。
徐々に広がる朝の気配を寒さの中で感じながら、凪はふと後ろを振り返った。
海の向こうに富士山があった。富士山は冬の澄んだ空気の中で、美しい稜線を伸ばして、朝まだ来ぬ薄暗い空を黒い優美な形で切り取っていた。
「富士山もきれいだよ」
「ほんとうだ」
薄紫の空は徐々に薄明るくなり、富士山は青みを帯びた黒い姿で朝の光をその身に受けるのを待っているように感じた。
海と空の境目は白く光を称え、橙色が薄く空に滲み始めた。
朝の太陽が、海から頭を出した。
「見て! 昇って来たよ」
「ほんとうだ。きれいだね」
「うん」
凪は湊の手をそっと握った。湊は繋いだ手に力を込めた。
太陽はひかる手を空に伸ばしながら、まるいその姿をのっそりと現していく。
陽が昇るのをただ見るのは、なんて贅沢で素敵な時間なんだろうと、凪は思う。繋いだ手のあたたかさを感じながら、大好きな人といっしょに初日の出を見に来ることが出来てよかった、とも。
凪はこっそりと湊の横顔を見た。
整ったその横顔は、朝陽に照らし出され陰影を作り出していた。瞳はまっすぐ初日の出を見ていて、凪も湊と同じ景色が見たくて、太陽に視線を戻した。
輝く太陽はまるく、光をじんわりと広げながら、ゆるゆると海の上に大きな姿を現した。
「昇ったよ」
「きれいだね」
空は薄青く橙色を滲ませながら、星ぼしを消し次第に夜から朝へと顔を変えてゆく。太陽は上へ昇るにつれ、徐々に大きさを小さくしていった。
「あけましておめでとう」湊がにこりと笑って言う。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」凪も微笑んで言う。
二人は後ろを振り返って、富士山を見た。
富士山は朝の光を浴びて頂の雪を見せながら、悠然としていた。
新しい気持ちでいっぱいになりながら、凪と湊はどちらからともなく、駅に向かって歩き出した。いつもよりゆっくりと歩く。手を繋いだまま。
始まりの太陽が、輝きを下界に降らせていた。
人々はそぞろに歩き出す、白い輝きの中を。それぞれのこれからに向かって。
「乾坤輝く」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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