第59話 かき氷

 この辺りにおいしいかき氷屋さんがあったような気がする。


 それは、古民家を改装して作られたお店で、特別な氷を使って作るかき氷は氷自体がとてもおいしくて、口の中でふわっと広がるフルーツたっぷりのシロップとともに、冷たく溶けるその感じがとても好きだった。


 季節はもう冬だから、賑やかな夏の景色と異なり寂し気な気配が漂っていて、かき氷屋さんはどこかに小さく身を潜めているか、或いはトンネルを通ってどこかへ立ち去ってしまったかのように見えた。木々は葉を落として裸木になり、澄んだ冬の薄青の空に枝を黒く伸ばしていた。ピンク色の山茶花だけが常緑樹の緑とともに、寒い景色の中に彩りを添えていた。


 山茶花のピンクを見ていたら、ふっと、かき氷屋さんを見つけることが出来た。

 山茶花の家の斜め向かいだと、唐突に気づいたのだ。かき氷屋さんの、あののぼりが出ていないから気づかなかったんだ。古民家の佇まいはそのままなのに。だけど、古民家は夏よりもずっと孤独に見えた。


 夏、幼い息子の陽太の手をひいて散歩をした。その散歩の途中でよくここに寄った。暑くて、汗を拭きながらかき氷屋さんに入る幸せ。大きなかき氷を二人で分けて食べた。中からフルーツが出て来ると、陽太はきゃっきゃと喜んだ。


 息子はどんどん大きくなり、手をひいて歩くこともなくなり、並んで歩くことを嫌がるようになり、人生も一人で歩くようになって家を出て行った。それは喜ぶべきことだけど、ときどきほんの少し寂しくなることでもあった。


 そうだ。よく、巨峰のかき氷を食べた。陽太は葡萄が好きだった。氷の中から出て来る巨峰を見て目を輝かせた。まるで宝物を見つけたかのように。あんまりゆっくり食べていると、氷が溶けてしまうので溶ける前に一生懸命食べた。幼い日の陽太の顔いっぱいの笑顔がリアルに蘇った。暑い中、歩いた末のかき氷だったから、特においしく感じたようにも思う。


 歩くのが好きな子だった。雲を見たり花を見たり虫を見たりしながら、ゆっくりゆっくり歩いた。かき氷屋さんを見つけたのも、陽太だった。散歩の中でいろいろな発見をした。窓際にいつも黒猫がいるおうち、紫陽花が美しく咲いている庭、桜吹雪が舞い桜のトンネルと桜の花びらの絨毯が出来る道。

 ずんずん歩いていく中で、素敵なものを見つけて、わたしに教えてくれた陽太。大きくなって、あの子は自分で自分の人生を見つけて歩いていったんだ。


 古民家から、幼い陽太の笑い声が聞こえた気がした。そうして、かわいらしい足音をたててわたしの横を走り抜けていったように感じた。わたしはその気配を見送って、夏にはかき屋さんとなる古民家をもう一度見た。それから海へと向かって歩き始めた。


 陽太が幼い頃毎日散歩していたように、陽太が社会人になって家を出た後、わたしは毎日散歩をすることにした。あの頃と同じように、家から海まで歩く。いろいろなものを見つけながら。今日はかき氷屋さんを見つけた。山茶花の花も見た。幼い日の陽太の幻影も見ることが出来た。


 わたしはゆっくりと歩きだす。

 かき氷の味が口の中に優しく甘く、懐かしく蘇った。





  「かき氷」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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