第60話 年末行事
昔、年末には家族みんなでお餅つきをした。
毎年十二月二十八日にお餅つきをしていた気がする。石臼に湯気が立っているもち米を入れて、杵で打つ。ぺったんぺったん。
父と祖父が交替で杵を持った。そうして、母と祖母がもち米を返す。返したところをまた杵でつく。ぺったんぺったん。
それは幸せな音だった。
広い土間に満ちる音。同じ空間で、もち米を炊いている。その蒸気。そのにおい。
家族みんなでお餅つきをして、つきたてのお餅を食べる。
つきたてのお餅はほんとうにおいしい。
きなこやごま、大根おろしなどで食べる。
腹ごしらえをしたら、鏡餅を作ったり切り餅を作ったりする。
お餅を作ることで過ぎていく、一日。ゆるやかな一日。
家族みんなで行う年末行事。
広い土間、襖を外して広くした部屋、おもちを丸めるための白い餅粉。
やわらかくあたたかいお餅を粉まみれになってまるめる。
ねえ、見て、上手に丸められたよ! ほんとう、上手ね。笑顔。ざわめき。みんなで同じものに一生懸命になること。
最後は片付けだ。一日使った道具を片付けていく。
忙しかった一日の終わり。
ねえ、四角のお餅、いつ食べられるの? お正月よ。楽しみ! あたし、七つ食べる!
陽が傾いてゆく。あたたかな笑いとここちよい疲れを包んで。
みんなで食卓を囲む。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。そして、弟と妹。
明日からは大掃除をするのよ、ちゃんとお手伝いしてね。うん! あたし、今年は窓ふきする! あ~ずるい、お姉ちゃん、窓ふきはぼくがやりたいよ。えー! みんなでやればいいのよ。はーい!
おしゃべりとともに夜が更けてゆく。
ねえねえ、今年紅白、最後まで見ていい? いいわよ。ゆく年くる年もみたいな。
明後日はお節料理を作るのよ。はぁい! あたし、昆布巻き上手に作れるよ!
十二月になったら、クリスマスツリーを飾り、年賀状を書いてクリスマスケーキを食べて、お餅つきをする。大掃除をしてお節を作って、紅白を見てゆく年くる年を見て、こたつで少し眠ってしまう。
あまりにも幸福な、過去の映像だった。
受け継がれてきた年末の家族行事は私の代でついえた。
夫も私も二十八日まで仕事だ。子どもたちは冬期講習がある。わずかな年末の休みは片付けと掃除と買い物で終わる。年賀状は去年に辞めた。お節は既に注文済みで、届くのを待っている状態だ。便利な世の中になった。忙しいから、これでいいと思っていた。
でも、なぜだか、ふとした一瞬、過去の映像に囚われてさみしくなる。
「年末行事」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます