第58話 山吹色の月と橙色のみかん
大きな山吹色の丸い月が正面に見えた。
わたしは月に向かって歩く。月は遠ざかる。また月を追いかける。
追いかけても追いかけても、月には近づかない。そんなこと、当たり前のことなのに、なんだか悲しくなってしまった。
溜め息をついて立ち止まる。ちょうど赤信号だった。
ずっとまっすぐ歩き続けて来たけれど、ついに信号にぶち当たったのだ。どちらへ向かおうか悩んだ。目的もなく、感情に任せてただ歩いてきたから。
海の方へ行こう。
なんとなくそう決めて、また歩く。月は左手に見えて、わたしに着いてきた。さっきまでは追いかけていたのに、不思議。山吹色の丸い月。わたしは月から逃げるんだ。今度は。
前を向いてひたすら歩く。歩いて歩いて歩く。
車のライトが後ろから迫って、わたしを追い越していく。
こんな夜中にみんなどこへ行くんだろう? ――まあ、わたしもだけどさ。
海にはまだ至らない。車だとそんなに時間かからずに行けたのに。歩くと遠いんだ。
時間の流れは、気分でも違う。
楽しい時間はあっという間だ。でも、苦しい時間はとても長い。
涙が出そうになったので、目に力を込めて涙が出ないように頑張った。泣かないんだ。
コンビニが見えた。
ふと思いついて入る。スマホしか持っていないけれど、スマホで支払いをすればいい。
コンビニに入って一周する。
――みかん?
なんとなく、時季外れな気がした。でもなんとなくみかん一袋を買う。
コンビニの外でみかんを食べる。みかんって、今日の月みたい。それに少し冷たい。一つ食べて、もう一つ剥こうとしたら、駐車場にいる女の子と目が合った。
――幼稚園児くらい? こんな夜中に?
女の子がじっとわたしの手元を見るので、わたしはその子にみかんをあげた。女の子はちょっと笑うと、みかん一つを大事そうに両手で持って、駆けて行った。夜の闇に姿が消える。
……大丈夫かなあ。あんなに小さいのに。
わたしは女の子の行った方に少し歩いて行ってみた。女の子はもういなかった。
見上げると、山吹色の月がわたしを見ていた。月からは逃げられない。
わたしは思いついて、コンビニに設置された郵便ポストの上にみかんを一つおいた。
うん、なんかいい感じ。
赤いポストの上の橙色のみかんが、なんだかかわいく見えた。みかんの香りが夜に漂う。
残りのみかんは二つ。
帰ろうかな。帰って、いっしょに食べようかな。みかんを一つずつ。
追いかけたら逃げるように感じる。でも結局いつもそばにいる。離れられない。
スマホが震えた。どうしてわたしの気持ちが分かるのだろう? 「もしもし?」
「山吹色の月と橙色のみかん」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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