第57話 西郷が死んで、星になった
明治十年一月、西郷隆盛は西南戦争を起こし、九月二十四日に城山で自決したんだ。それでね、同じ年の九月に、火星が地球に急接近し、マイナス二・五等の明るさで夜空に輝いていたんだよ。不気味なほど赤い、わざわい星。
――西郷が死んで星になった。
そういう風聞が流れたんだよ。
「火星はわざわいの星なの?」
「昔はそう言われていたみたいだね」
「……私は好き。きれいな赤だもの」
息を白くして、カナとソラは夜空を見上げた。
いままた、火星が地球に近づく。冬の星々の中に、赤く輝く炎の星を見るのだ。肉眼で見て、それから望遠鏡でも見た。赤い星。燃えるような情熱の赤。
「ねえ、ソラ、火星きれいだよ。私は元気が出るなあ」
「そうだね」
寒いので寄り添いながら、二人は夜空を見上げた。
「冬は星がきれいに見えていいわね」
「寒いけどね」
吐く息が白い。ソラはカナの手を握ると、そのまま自分のダウンコートのポケットに入れた。「ポッケ、あったかい」カナが言って、二人は顔を見合わせて笑いあった。
ミッドナイトブルーのビロードを空全体に広げ、そこに細かな煌めくビーズを一面に散りばめられたような、星空。黄色や白、青の輝きの中、火星は燃えるような赤で、二人を見つめているようだった。
「情熱の赤だと思うわ」
「火星?」
「うん」
情熱が二人を包み込んで、白い空気の中、カナとソラは赤い星に照らされてほのかに赤く輝いていた。カナとソラは火星の炎の赤の中で、お互いの体温を感じていた。
*
夜空の写真を見ていたら、過去に戻った。
カナは写真をそっとなぞった。懐かしさが胸を襲った。赤い星。
「西郷が死んで、星になった」と教えてもらった。その西郷星はカナにとっては情熱の赤い星で、心を熱くした。
誰もいない午後、カナは夜空の写真から目を離し、窓の外を見やった。そろそろ洗濯物を取り込もうと思った。その時、スマホが鳴った。
「体調、どう?」
優しい声が耳に落ちる。
カナは膨らんだお腹に手をやりながら答える。
「うん、今日は調子がいいよ」
「無理しないでね。大事な身体だから」
「うん」
「……もうすぐ会えるね、僕たちの娘に」
「うん……」
カナはお腹を撫でて、目を閉じた。
目の奥にあの日の星空が広がった。赤い星がうつくしく輝いていた。
赤い星は、カナとソラに新しい命をもたらした。だから、命の星だと、カナは思っている。お腹の中の娘が「早く会いたい」というように、カナのお腹を蹴った。カナはお腹に浮き出た足をそっと触った。愛しく。
赤い星は命と未来への希望の星。
「西郷が死んで、星になった」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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