第49話 お地蔵さま
細い道の大きなクスノキの根元に、お地蔵さまがあった。お地蔵さまは、粗末ではあるけれど小さな祠に入っていて、その前には縁の欠けた陶器の湯呑が置かれていた。
「ねえ、ここにおけばいいかなあ、りりかおねえちゃん」
小さな手が、折り鶴をお地蔵さまの脇に置いた。
「うん、いいと思う。あたしもおくね、ののか」
姉らしく言うりりかも、まだ十分に幼子だった。
りりかは六歳、ののかは五歳の姉妹だった。二人はお揃いのピンクのスカートをはいて、折り鶴を大切そうにお地蔵さまの脇に並べると、小さな手をきゅっと合わせ目はぎゅっと閉じて、真剣に何事かお祈りをした。
長いお祈りだった。
二人は同時に目をそっと開け、お互いの顔を見た。
「ねえ、これでいいかなあ」
「うん、いいとおもう! あしたもこようね」
「うん! あたし、がんばって、つる、おるもん」
「あたしだって!」
りりかとののかはにっこり笑うと、手をつないで自宅へと向かった。
「おかあさん、はやくかえってくるといいなあ」
「きっと、もうすぐかえってくるよ! だって、おかあさんがおしえてくれたんだもん。おじぞうさまにつるをそなえておいのりすると、ねがいがかなうって」
二人の母親はしばらく前に倒れて入院していた。りりかもののかも母親が大好きで、母親が帰って来るのを心待ちにしていた。
家に帰ると、父親の剛が心配そうな顔で待っていた。
「りりか! ののか! どこに行っていたんだい?」
「あのね、おじぞうさまのところにいっていたの!」
「おかあさんがかえってきますようにって!」
りりかとののかは、父親も大好きで、剛にぎゅっとしがみついた。剛は目に涙を浮かべながら二人をぎゅっと抱き締めた。
「そうだね。……帰って来るといいね」
「おうとうさん? だいじょうぶだよ! おかあさんにおしえてもらったおまじないしたから!」
「りりか」
父親に痛いくらい抱き締められ、りりかとののかはきゃっきゃっと笑い声を立てた。
「おとうさん、いたいよ! うふふ」
「ぎゅっだね!」
「りりか、ののか」
部屋に入ると、小さな焦げ茶色の木目の観音開きの棚のようなものがあり、その中にさわやかな笑顔で笑っている女性の写真と花があった。
「おかあさんにもつるあげたい」
「あたしも!」
りりかとののかは、リビングに広げっぱなしになっている折り紙を折り始めた。
「ゆみか、僕はどうしたらいいんだろう?」
剛がつぶやいたその瞬間、ふわっと風が起こり、部屋の電気が消えた。そして、りりかとののかが折っていた鶴がふわりと浮いてくるくると舞った。
「おかあさん!」
「おかあさんがかえってきた!」
りりかとののかが嬉しそうに言って、庭に面した硝子戸を開けた。
剛が黄昏時の庭に目をやると、そこには確かにゆみかがいて、りりかとののかを抱き締めていた。
「おかあさん! あいたかった!」
「わたしも会いたかったわ。鶴、ありがとう。上手に折れるようになったのね」
「れんしゅうしたんだよ!」
「あたしも!」
「りりか、ののか。おかあさんね、お別れに来たの。でもずっとそばで見守っていることを伝えたくて」
「うん」
「おかあさん、だいすき」
「おかあさんもだいすきよ。ずっとずっと。剛さんも」
「ゆみか……」
剛もそばに来て、四人で抱き合った。
しばらくそのままでいたあと、人数は三人になっていた。夜がそこまで来ていて、夕方の月が優しく辺りを照らしていた。
クスノキの根元のお地蔵さまは月の光を受けきらきらと光り、お地蔵さまの脇に置かれた折り鶴はすうっと姿を消した。
「お地蔵さま」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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