第48話 注文していた靴

 注文していた靴を取りに行く。靴はいいものがいい。履きやすい靴でないと、足が疲れてしまうから。


「こちらがご注文されていた靴です。一度履いてみますか?」

「はい」

 新しい靴だけど、足にぴったりくる。

「いかがですか?」

「ちょうどいいです。あの、今履いている靴なんですが、少し緩くなってしまって」

「拝見させていただいてよろしいですか?」

 新しい靴から履いてきた靴に履き直す。


「なるほど、革が少し伸びたんですね。調整しますので、少しお待ちください」

 店員は裏に行き、しばらくして戻ってきた。履き直すと、少し緩かった靴がちょうどよい履き心地になっている。

「あ、ちょうどいいです」

「よかったです! では固定させますので、もうしばらくお待ちくださいね」

 店員が戻ってくる間、店内を見渡し、そしてスマホを取り出して画面を見る。


「お待たせいたしました! 新しい靴はお箱にお入れしますか?」

「いや、いいです。すぐ履くので」

「かしこまりました」

 店員はにこやかに笑い、レジに金額を打ち込む。


 この店員は僕の仕事を何だと思っているだろう? 

 クレジットカードを取り出しながら思う。

 スーツを着てビジネス用の靴を買い、でも僕の仕事にはスーツもビジネス用の靴も必要はない。何しろ、家でこもって行う仕事だからだ。


「出口までお持ちしますね」

 店員は笑顔を浮かべながら、紙袋を手に持つ。

 出口で靴の入った紙袋を受け取りながら、僕はサラリーマンに見えるだろうか? と自問する。


 僕はサラリーマンにはなれない。なぜなら、電車やバスに乗れないからだ。大人数といっしょに狭い空間に閉じ込められると息が出来なくなってしまう。エレベーターも無理だ。人がたくさんいるところでの買い物も出来ない。だから、こじんまりした少し値段が高いお店で買い物をすることにしている。僕は普通のサラリーマンよりよほど稼いでいる。でも、どうしてこんなにサラリーマンに見られたがるのだろうか。親にも本当の仕事のことは言っていない。会社勤めだと思わせている。


 父は定年まで大企業で働き、厚生年金も企業年金ももらえるんだ、とそれを誇りに思っている。父も母も僕にもそういう生き方をして欲しかったらしい。電車に乗れなくなったとき、随分がっかりさせてしまった。でも、いま、ちょっといいスーツを着てちょっといい靴を履いて実家に行けば、安心するらしい。よかった。


 僕はサラリーマンのふりをして街を歩く。





  「注文していた靴」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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