第46話 メロンパン
お母さんが近所のおじさんと腕組んで歩いているのを見てしまった。お母さんの笑顔は家での顔と違った。うまく言えない。けれど、別人のような顔だった。わたしはランドセルを握り締めた。「お母さん」って声をかければよかったのかもしれない。だけど、どうしても声をかけることが出来なくて、固まったまま動けなかった。
家に帰ると、お母さんはまだ帰っていなくて、おばあちゃんがいた。
「ただいま」
「おかえり」
「……お母さんは?」
「買い物だよ」
違うよ。おばあちゃん。お母さんは、近所のおじさんと腕を組んで歩いていたの。きれいにお化粧して。美しく笑って。
「おやつ、食べる? メロンパンがあるよ」
「食べる」
「じゃあ、手を洗っておいで」
「うん」
*
あのときのメロンパン、何も味がしなかった。もそもそとして。メロンパン、大好きだったはずなのに、あれから食べられなくなってしまった。
その後、注意深く母を観察していたら、母の恋人はたびたび入れ替わっているようだった。よく見ていれば、下着や服装、お化粧が変わるからすぐに分かった。父はどうして気づかないのか、不思議なほどだった。弟や妹はともかく、父が気づかなかったのは、母に関心がなかったからだと、わたしは思っている。
わたしはいま、新居に遊びに来た母に緑茶を淹れている。
「はい」
「ありがとう……おいしいわ」
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「どうして浮気していたの?」
「……知っていたの?」
「うん」
「お母さんねえ、結婚したら、もういいかと思ったの。結婚するまでは誰ともしたことなかったのよ。ちゃんときれいだったの。でも、結婚したら、いいかと思って」
母は艶然と微笑んだ。
また恋人がいるのだろう。
「マナも楽しむといいわよ。美しさの秘訣よ」
「うん。……そうね」わたしはそんな美しさは要らないわ。
「そうだ、マナ。お土産の中にメロンパン入れておいたわよ。好きだったでしょう?」
「ううん、メロンパンは好きじゃないよ、お母さん」
「メロンパン」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます