第40話 切断
ぶちぶちという音がして筋肉が切れるのが分かった。ぶちぶちぶち。
筋肉を切断すると、硬い骨にぶち当たる。ごつん。ごりごりごり。体重をかけて、あたしは骨を切断する。ごりごりごり。硬い手ごたえがなくなり、また肉の切断となる。ぐにぐに。あたしはのこぎりをひく。ぶちぶちぶち。
狭いバスルームは血のにおいでいっぱいだ。鉄錆みたいなあの独特のにおい。寒さが残る時期でよかった。これが夏ならサイアクだ。それにしても切断って難しい。だいぶコツがつかめてきたけれど。
ネットで「人体の切断」って検索しても全然いいのが出てこない。ドラえもんの道具が出て来たり、マジックショーが出て来たり。そうじゃなくて、どんな道具で切断すればいいか知りたいのに、役に立たない。それからDIYの道具ばかり。DIYじゃないんだよ、全く。あたしはすごく困ってんの。「肉の切断」で検索すると、すじ切りとかフードプロセッサーが出てきて、あたしは料理をしたいわけじゃないんだって叫びたくなった。
結局ホームセンターに行って、よく切れそうな肉切り包丁とのこぎりを買ってきた。最初の部分は包丁でもいいけど、やっぱり包丁では骨の切断は出来なくて刃こぼれしちゃうから、やっぱりのこぎりがいいっていうのが、あたしの結論。
少し休憩しようかな。
それにしてもトイレと浴室が別々の部屋でよかった。トイレ使えなかったら、すごく困ったよね、これ。洗面所で手を洗い、トイレに行く。ふう。なかなか終わらないなあ。でも、切れた部分から少しずつ捨てていけばいいよね。細かくして他のごみにくるんで捨てれば全然大丈夫。これまで、とりあえず両腕は捨てることが出来た。生ごみといっしょに。てゆうか、ふつうに生ごみだよね、これ。
タケシは元カレだ。
ずっと連絡とっていなかったのに、ある日突然部屋の前にいて、ほんとうにびっくりした。「久しぶり」って言って、あたしの腰に手を回し、当然のように部屋に入ってきた。
そして、帰ってくれなくなった。
あたしの作ったごはんを食い散らかし、靴下をその辺に脱ぎ散らかし、ポテチの袋は床に落ちていて、コップはどんどん新しいのを使い、洗面所を使えば水浸しで、トイレは汚しまくりで、ああもう、どんなに考えても、コイツがごみじゃね?
仕事は辞めたらしく、お金もない。「お前、俺の顔が好きだろ?」「俺とのセックスが好きだろ」いやいや、アンタにそんな価値ないし。顔が好き、とか、セックス気持ちいい、とか、そんなのつきあっていたときのマジックだから!
においがキライ、勝手にチャンネル変えるのもキライ、すぐに触ってくるのもキライ、食べ方がキライ、笑い方もキライ、スマホをやっているときのあの顔がキライ。話す内容に知性の欠片もなくて、ウザすぎる。コイツ、脳味噌筋肉なんだよね。
なんでつきあっていたんだろ、あたし。
やらかしちゃったなあ。
用意した夕ご飯をタケシに全部食べられて、しかも実に汚い食べ方をされて、あたし、なんかぷちんって切れちゃったんだ。ローストビーフ、時間かかるんだよ。
気づいたら、タケシを刺していたの。よく研いであった尖った包丁で。
ぶすぶすぶす。筋肉が切れる。うまいこと、骨じゃないところに刺さった。ぶすぶすぶす。ああもう、こんなんじゃ足りない。ぶすぶすぶす。
筋肉を、切断する。
ぶちん。
「切断」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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