第38話 かごめかごめ
「かぁごめかごめー かぁごのなぁかのとぉりーはぁ」
どこからか子どもの遊ぶ声が聞えて来た。
今の子でも、「かごめかごめ」を歌うんだ。あの公園からだろうか。小学校低学年くらいの女の子が見えた。「かごめかごめ」をして遊んでいるのではなく、ただ数人で歌っているだけのようだった。
わたしも小さい頃、「かごめかごめ」を歌ったな、と思う。懐かしい。
「いぃつーいぃつー でぇやあるー」
「かごめ」が「囲め」に聞こえていた、いつも。わたしはいつ、ここから出られるのだろうと、思っていた。
わたしには、ああして公園で友だちと遊んだ記憶のないことに気がついた。そうだ。わたしは、弟や妹の世話をしたり家族の食事を作ったりしなくてはいけなくて、友だちが友だちと自由に遊ぶ姿を見ていただけだ。――友だち? 友だちなんていなかった。同じクラスで机を並べた人たちがいるだけだ。それでも学校にいられる間はよかった。厳しい監視の目がなくて。
「よぉあーけーのばぉーんにー」
家出をしようと思った夜もあった。でもうまく家を出られなかった。母親がこわくて。こわくて。父親は随分小さいころにいなくなっていた。死んだのか離婚したのか、未だに分からない。母が話す内容は、ころころと変わって何がほんとうか分からなかった。
あの晩、家出をしておけばよかった。そうすれば。
「つぅるとかぁめがすぅべったー」
鶴も亀も滑ってしまった。たすけてくれようとした友だちもいた。ああ、そうだ。わたしにも働くころには、友だちがいたんだ。だけど、わたしから去って行ってしまった。一人は。もう一人は。
「かぁごめかごめー」
「かごめ」が「囲女」に聞こえる。
もう一人のあの人は、わたしを救けてくれるんだと、信じていた。智子は、違う、やめなさい、と言ってくれていたけれど、わたしはあの人を信じてしまっていて。
「駄目よ。俊也さんはやめなさい。ちゃんと、自分の足で立って生きていかなくちゃ、駄目だよ、友里」
ほんとうだね。わたし、馬鹿だったよ。救けてもらえるんだと思っていた。でも、まずは自分の足で立たないと駄目んだったんだ。
「友里、お願い。俊也さんだけはやめて。だって、あの人は」
マンションの部屋に入ると、俊也が薄っすらと笑って言った。
「遅かったね、友里。いつもの買い物の時間より、五分も遅かったよ」
「レジが混んでいて。ごめんなさい」
「いいんだよ、友里。でも、この生活が出来るのは誰のおかげか、ちゃんと考えて? スマホを出して」
わたしは俊也にスマホを差し出す。
「GPSで友里がどこにいるのかは知っていたけどね。他の誰かに連絡をとっていないか、ちゃんと見ておかないとね」
にっこり笑って、俊也は言う。
「うん、いいこだね。じゃあ、ごはん作ってくれる? ――あ、電話だ」
俊也は妻や娘と話しているらしかった。わたしは物音を立てずに、じっと会話が終わるのを待っていた。電話を終えた俊也に後ろから腕を掴まれる。「ごはんはもういいよ。それより」
服を脱がされる。乱暴に。彼の欲求を満たすだけの行為。
「囲女囲女、籠の中の鳥はいついつ出やる」
出られる日なんて、一生来ない。
「うしろのしょうめん、だぁれ」
「かごめかごめ」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます