第35話 瑠璃色骨壺

 おばあちゃんちにはきれいな瑠璃の壺があった。


 それは仏壇の中にそっと置かれていて、わたしはそれを眺めるのが大好きだった。そっと触ってみたこともある。ここには何が入っているのだろう? きれいな瑠璃の壺の中身がわたしはいつも気になって、中身をあれこれ空想していた。

 ご先祖さまの手紙が入っているのかもしれない。

 古い紙幣や硬貨が入っているのかもしれない。もしかしてお守りの類かもしれない。

 写真が入っているかもしれないし、想い出の小さなものが入っているのかもしれない。

 わたしはおばあちゃんちに行くたびに仏壇に手を合わせ、そうして瑠璃の壺をじっと見てあれこれ考えるのを常としていた。


「絵里子はほんとうにお行儀がいいね」

 あるとき、祖母にそう言われた。

「そんなことないよ」と返すと、「おばあちゃんちに来ると、必ず仏壇に手を合わせるでしょう? 絵里子くらいの年齢ではなかなか出来ないと思うよ」と祖母は言った。

 祖母は静かに笑って、わたしの前に緑茶が入った湯呑を置いた。

「ねえ、おばあちゃん。仏壇の中の、瑠璃の壺って、何が入っているの?」

「ああ、あれは骨壺なんだよ」

「骨壺⁉」

 わたしは驚いて、湯呑を落としそうになった。

「知らなかったの?」

「うん」

「てっきり知っていると思ったよ」


 おばあちゃんの話によると、あの瑠璃の壺には、ご先祖さまの骨が入っているらしい。何代か前のご先祖さまに、お墓に愛しいひとの骨を全てお墓に埋めてしまうのが忍びないと感じたひとがいて、骨のほんのひと欠片を持ち帰り、あの瑠璃の壺に入れたのがきっかけであるということだ。そのとき以来、家族が亡くなるたびに、骨の一部が瑠璃の壺に入れられた。


「じゃあ、おじいちゃんも入っているの?」

 祖父は数年前に亡くなっていた。

「そうだよ。喉仏の骨を入れたんだよ。おばあちゃんは、おじいちゃんの声が好きだったからね」

 祖母は仏間に視線をやった。

「……おじいちゃんに会いたい?」

「会えるさ」

「え?」

「おじいちゃんに会いたくなったら、あの仏間に布団を敷いて眠るんだよ。そうすると、夢の中におじいちゃんが出て来るんだよ」

「ほんと?」

「本当だよ」

 祖母はにっこり笑った。


「わたし、あの中には手紙とか写真が入っていると思っていたよ」

「ご先祖さまの骨なんだよ。……おばあちゃんがいつか死んだら、骨を入れてね」

「うん」

「そうしたら、きっと絵里子に会いに行けるから」

「うん、おばあちゃん」


 瑠璃の壺に入った、白く乾いた骨を想像した。そして、骨を持ち帰らずにはいられなかったご先祖さまの思いも。夢の中でも会いたいと思った、切ない愛しさも。

 ふわりとあたたかくなったのは、湯呑のあたたかさのためだけではない。

 午後の陽射しが居間に降り注ぐ中、わたしは祖母とゆっくりとお茶を飲んだ。





  「瑠璃色骨壺」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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