第29話 大きな岩のある公園

 小柄な女性より大きな岩があった。苔むした、二つの大きな岩。

 岩肌は冷たくひんやりとしていて、意外にするりとした感触だった。

 季実子は岩をじっと見つめた。もともとは白い岩石だったのであろうそれは、時の流れの中で苔の緑と風雨による浸食とで、緑のような黒のような斑模様が張り付いていた。


「ねえ、そろそろお弁当食べない?」

 由紀に言われ、岩から離れ公園内に設置された、テーブルとベンチのところに行った。

「お弁当、広げてみんなで食べようか」

 季実子はそう言い、自分が作ってきた、サンドイッチや唐揚げなどのおかずがはいった包みを出した。

「季実子さん、何作って来たの?」

「サンドイッチだよ。それから、唐揚げと卵巻」

 そう言って、季実子は包みを開いた。

「おいしそう! わたしはね、おにぎりなんだ。おかずはハンバーグとソーセージだよ」

「由紀さんのもおいしそうだよ! 子どもたち、呼ぼうか」

「うん」

 季実子と由紀は自分たちの子を呼び寄せ、広げたお弁当を囲んだ。


 季実子の息子の颯真と由紀の息子の蓮は、幼稚園での仲良しだ。息子たちが仲良くなったことで、母親同士も親しく付き合うようになった。下の子も年齢が同じで女の子同士で、幼稚園が半日の日にお弁当を持って、みんなで一緒に出かけることが、しばしばあった。


 今日は近くの小さな公園に来ていた。

 公園と行っても、遊具があるわけではなく、こんもりとした山ぎわに小さな原っぱがあり、テーブルとイスがあるだけのものだった。しかし、豊かな自然を感じることが出来るところがいいと、季実子と由紀は思っていた。いまのように落葉する季節には葉っぱを拾ったり、落ち葉を踏みつけて遊んだりする幼子の姿を見るのが好きだった。狭いから、目も届きやすい。


 子どもたちは食べ終わると、我先にと駆け出して行った。季実子と由紀は、子どもたちの姿をベンチに座って見守った。子どもたちは、先ほど季実子がいた大きな岩のところで遊び始めた。二つの大きな岩の間を通り抜け、子どもたちは声を上げて笑っていた。ぐるぐるとその間を通り抜ける子どもたち。


「あら?」

 季実子は目を凝らした。

「どうしたの?」

「――うちの子がいない」

「え? ――いるわよ、ほら四人」

 季実子はぐるぐる回る子どもたちをもう一度、じっと見つめた。

 颯真、蓮、蓮の妹の紗枝。それからもう一人、紗枝と同じくらいの女の子。

 その女の子が、季実子を見てにやりと笑った。

 

 ――あなたは誰?


「そろそろ、帰らない?」

 由紀が子どもたちを呼びに行く。

 季実子はその場から動けずにいた。あの女の子が「まま!」と季実子に抱きついてきた。娘なら、そのまま抱き締める。でも、季実子は抱き締めることが出来なかった。


 娘。わたしの娘はどこ? ――わたしの娘の名前は何だったろう?


「まま!」

 見たことのない女の子が、抱きつく手に力を込める。

 季実子は冬なのに冷たい汗をかきながら、ぞわりとせり上がる気持ち悪さに慄いていた。


 女の子の手にふと触れると、氷のように冷たかった。





  「大きな岩のある公園」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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