第24話 松の木
松の木がもっさりしてきている。そろそろ、庭師さんに電話しなくては。
松の手入れは庭師さんでないと出来ない。
わたしは去年の手帳に挟んであった庭師さんの名刺を取り出した。
家の電話から電話をする。
「もしもし。あの、松の手入れをお願いしたいのですが」
日時を決めて、電話を切る。カレンダーに書き込む。
わたしはさっぱりした松をイメージし、少し浮き立つような気持ちになっていた。
台所に行き、片付けをしながら夕飯の準備をする。掃除をして洗濯物を片付けて。庭師さんが来る前に、おうちの中も外もきれいにしておこう。別にうちの中に入るわけではないけれど。午後三時くらいまでが自由な時間。手際よく片付けて掃除していく。徹底的にきれいにしよう。
窓の桟を掃除しながら、庭を眺めた。
冬だからまだいいが、夏になると大変だ。それに、庭も少し変えたい。実のなる木を植えたい。みかんとかレモンとか。どんな感じになるかな。庭師さんに相談したい。
玄関のチャイムが鳴って、誰だろうと思ったら、夫が帰って来た。
「どうしたの?」
「出張。その後、在宅にした」
それだけ言うと、夫は無言で自分の部屋に行った。わたしは庭のことを考えて、浮き立つような気持ちになっていたのが、しゅんと萎んでしまった。いつも、こうだ。息が苦しい。
「コップ、出しっぱなしなんだけど」
夫は部屋から空のマグカップを持って来た。
「ああ、ごめんなさい。……帰るの、まだだと思ったから」
「コーヒー」
「はい、すぐに淹れます」
わたしは掃除をやめ、コーヒーをセットした。マグカップを洗う。
夫の部屋にコーヒーを持っていくと、「一日、何してたの?」と言われた。「掃除とか」と答えたが、それに対する返事はなかった。息が苦しい。
わたしは出来るだけ音を立てないように、食事の支度を始めた。テレビも見ない。
娘が早く帰って来ますようにと祈る。時計の進みがとても遅く感じられる。息が苦しい。
庭にみかんやレモンの実がなったら、楽しいだろうな。
花が咲いて、実がなる。その変化も楽しめる。
みかんは娘と食べよう。レモンはお料理に使おう。
松の落ち葉が庭一面にあった。茶色い、とげとげの葉。落葉樹みたいに土に還ったりしない茶色い針の葉。
針が、いくつもいくつも突き刺さって、抜けない。痛いという感情もなくなった。ただ、苦しい。
「松の木」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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