第19話 イルミネーション

 数年前の冬の寒さが身に染みるころ、あなたと別れた。


 わたしは点灯したイルミネーションの灯りを見ながら、圭人を思い出す。

 このイルミネーションをいっしょに見た、幸せな季節もあった。繋いだ手があたたかくて。吐く息が混じるほど近くにいた。寒いのに、とてもあたたかかった。

「きれいだね」

「うん、きれいだ」

「来年もいっしょに見たい」

「いっしょに見よう」

 そうして、キスをした。


 でも、果たされることのない約束だった。

 仕事に打ち込みたいあなたと、仕事に倦んだわたし。少しずつ、うまくいかなくなっていった。そうして、イルミネーションが点灯する前に、わたしは圭人と別れた。

 だけど、嫌いになって別れたわけじゃない。


「ねえ、圭人。圭人の中に、わたしの場所を、少しだけ残しておいて。仕事や他のことで埋まる、あなたの中に、わたしのためのささやかな余白を残しておいて。わたしも、残しておくから」

「うん、分かった。――ほんとうに好きだったよ、梨子」

 わたしたちは、最後の食事をして最後のキスをして、別れた。

 友だちにはなれなかった。

 だって、わたしたちは最初から恋人同士だった。友だちになんて、なれるはずがない。

 だけど。

 わたしはイルミネーションの中を歩く。青みがかった紫色の灯りがきらきらして、とてもきれいだった。圭人のことを思い出す。圭人も、わたしのことを思い出しているといいな、と思う。


 圭人の中に、わたしのためのささやかな余白は、まだあるだろうか。

 あのころ、わたしは自分の仕事がうまくいかなくて、圭人にすがりたかった。圭人にすがって結婚したら、全てがうまくいくような気がしていた。仕事がおもしろいから、今は結婚したくないという圭人を恨んだりもした。わたしのことを好きなら、どうして結婚してくれないのだろうと。

 梨子。梨子のこと、ほんとうに好きなんだよ。

 その気持ちさえ、信じられなかった。苦しくて。


 大きなクリスマスツリーの形のイルミネーションを見上げる。

 今なら分かる。

 あのまま結婚しても、うまく行かなかったと。寄りかかっては駄目なのだ。

 吐く息が白い。圭人といっしょに見た夜も、こんなふうに吐く息が白かった。


「梨子?」

 懐かしい声がして、わたしは声をした方を振り返った。

「……圭人?」


 どうしたの? 

 圭人と見たイルミネーションを思い出して。

 ……俺も。

 ねえ、圭人、圭人の中にわたしのための余白はあった? 

 いつだって、あったよ、梨子。


「会いたかった。ずっと会いたかったんだ」


 圭人がわたしを抱き締める。

 わたしは圭人の背中に手をそっと回す。

「わたしも」わたしも、ずっと会いたかった。

 イルミネーションの青い光がわたしたちに落ちる。


 ふたりの余白は繋がり、イルミネーションの光を受け、あたたかく煌めいた。





  「イルミネーション」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!


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