第16話 ベルフラワーの灯りが消えて

 ベルフラワーに光を灯した。やわらかな暖かさが部屋に広がる。

「きれいだね」とヒースが言った。

「うん」と僕は答えた。

 ベルフラワーが仄かな紫色の光で辺りを満たしていた。


「ねえ、ヒース。お茶、飲む? カモミールの」

「うん、飲むよ。ありがとう」

 僕は竈に手をかざし炎を作った。そうして小さな片手鍋でお湯を沸かし、ポットにお湯を注ぐ。カモミールの優しい香りが漂う。

「傷はどう?」

「ん、だいぶいい。ピアニーの薬草と魔法のおかげかな」


 僕は嬉しくなった。でも同時に胸がちくりと痛んだ。このひとは傷が治ったら、ここを出ていくんだ。この、虹の結界に包まれた平和で自由な森を。


 僕はヒースの前にカモミールティを置いた。

 ヒースはお茶をおいしそうに飲んだ。

 独りでも平気だと思っていたのに。僕はあなたをずっとここに隠しておきたい。

 僕はそんな気持ちを隠して、ヒースとお茶を飲む。カモミールが僕のこころも落ち着かせてくれるといい。僕は僕の気持ちを一番隠しておかなくてはいけないと思っている。


 ベルフラワーの仄かな紫の光とカモミールの香りがやさしい夜の空間を作り出していた。

「ヒースって荒野に自生する、紫色の花だよね」

「そうなんだ?」

「うん。僕の名前のピアニーは牡丹の花ことで、ピアニー・パープルって、赤みの紫のことなんだよ。ベルフラワーも紫だから。……だから、僕のこと、覚えていてね」

「ピアニー?」

「傷が治ったら、行くんでしょう? 白馬といっしょに。虹の向こうに」


 だめだ。涙がこぼれてしまった。隠しておくはずだったのに。でももう、独りはさみしくて。


「ピアニー」

 僕は気づいたら、ヒースの腕の中にいた。僕はヒースにしがみつく。

「ヒース」

「……行かないよ」

「でも」

「行かないよ、俺はずっとここにいるよ。――君がいいと言うなら。だってここは君の自由の森だから、ピアニー」

「いてよ。ここにいて、ずっと」


 僕の結界で護られた自由の森。僕は最後の魔法使い。外の世界から隔絶されたここで、ずっと独りで暮らしてきた。ここには争いはない、ただ静かな時間が流れているだけ。

 そこに白馬に乗ってやって来た、「孤独」という花言葉の花の名を持つあなた。

 もう独りじゃなくていいかな? 僕もあなたも。


 ベルフラワーの灯りが消えて、紫の夜の闇が、やさしく僕たちを包み込んだ――





  「ベルフラワーの灯りが消えて」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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