第14話 クラウディ・ピンク

 わたしは今日、彼氏と別れた。

 年下の、すごくかわいい男の子。

 嫉妬するさまもかわいくて、ただただ愛しかった。なんでも赦してしまいそうだった。いや、なんでも赦してしまった。何もかもすべて。

 我が儘も愛しい。独占欲も愛しい。

 わたしの何もかもを知りたがり、わたしの何もかもを欲しがった。どうしたらいいの。

 すみれ。

 わたしの名を呼ぶ声が聞こえる。声がとても好きだった。少し低い、落ち着いた声。

 すみれ、ごめん。

 謝らなくていい。不安な気持ちにさせたのはわたしなんだから。

 すみれ、僕。

 泣かないで。もう泣かなくていいから。

 違う。

 泣いているのはわたし。

 涙が、あとからあとから溢れてきて、止まらなかった。

 涙で風景が滲む。

 事故を起こさないために、右手はハンドルを握ったまま、左手で涙を拭った。

 別れたくないよ。ごめん、赦して。

 わたしも別れたくないよ。……赦しているよ、初めから。怒っていないんだよ。聡くんは知らないと思うけれど。

 でも。

 風景が滲んで見えたのは、涙のせいだけじゃなかった。

 クラウデイ・ピンク。

 曇っていてそれでいて一面ピンク色のそらだった。そのピンク色に景色が溶けているような。まるでわたしのこころをあらわすように、滲んで溶けているようなピンクのそら。

 さよなら。

 さよならさよなら。

 もう、二度と会わない。

 わたしは車をコンビニに停めて、決心が鈍らないうちにスマホから連絡先を消した。これまでのやりとりも全部消した。写真も。

 写真。

 なるべく撮らないようにしていた。ばれると困るから。

 聡くんはわたしの生徒で、わたしは聡くんのセンセイだった。

 いっしょに映った写真を見ていたら、手が震えた。

 わたしは白いワンピースを着ていて、聡くんは私服で、わたしたちは少し恥ずかしそうに、でもとても幸せそうに笑っていた。……まだ、つきあいはじめのころだった。

 未来に起こる哀しみも苦しみも何一つ知らない、二人の笑顔を、どうしても消すことが出来なかった。

 ピンク色のそらに何もかも溶けていくといい。聡くんの哀しみも。――ごめんね。




  「クラウディ・ピンク」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る