第13話 雲がゆっくりと動いている

 朝の空を見上げたら、灰色の雲が白い雲の上に薄く覆いかぶさり、ゆっくりと動いていた。背景の空は薄青で、雲と空の端には橙色の陽が滲んで、いつまでも眺めていたいような美しさだった。

 雲はゆっくりと動き灰色の雲は霧散し、眩しいひかりが降り注いできた。灰色の雲の次に白い雲もゆっくりと動き霧散していた。薄青だった空の色はしだいに青色を濃くしていく。ひかりは深緑色の葉の上に落ちて、白い輝きを作った。


 ヒヨドリが一羽、どこからか飛んできて庭木にとまった。

 そして鳴いた。遠くに届くように。すると、鳴き声の返事が返ってきた。

 庭木にとまったヒヨドリは、しばらくそうして会話を続けた。

 いいな、と思う。

 ヒヨドリの鳴き声は空に広がって、わたしの心を明るくした。

 雲はゆっくりと動いて空に溶け、鳴き声は高く響き空に広がった。


 わたしはコーヒーを手にして、仕事部屋へ向かった。

 在宅勤務となり、一日中誰とも会話をしない日が続いていた。だから、ヒヨドリの会話を少し羨ましく思ったのだった。

 パソコンに向かって仕事をしていたら、メールが届いた。

 瞳子からだった。

 近況報告に他愛のない話、そして「近いうちにごはんでも食べに行かない? おしゃべりしたくて」と書いてあった。わたしは嬉しくなり、近況報告に他愛のない話、それから「ごはん行きたい!」と書き、スケジュールを伝えた。


 瞳子は高校からの友だちだった。大学は違ったし就職先も全然違うところだけど、不思議に繫がりは消えず、ときどき会っておしゃべりする仲だった。

 先ほどのヒヨドリは鳴き声で会話をしていたが、わたしと瞳子はネットで言葉を飛ばして会話をする。すぐに返信が来て、会う日が決まる。その後短いやりとりがある。


 毎日、変わらない生活だと思うことがある。

 だけど、雲がゆっくりと動くようにわたしの生活もきっとゆっくりと動いている。数日後に瞳子とごはんを食べに行く。そうだ、そのときに着て行く服を買いに行こう。ネットで買うのではなく、たまには実際にお店に行って服を触って見てみよう。手触りのいい服を選ぼう。


 太陽はもう天の高いところにあり、雲一つない青空が広がり、鳥たちが自由に飛び交っていた。わたしは窓を開けて、太陽のひかりで満ちて暖かくなった庭を眺めた。深緑色の葉が揺れて、ひかりを白く飛ばした。

 ふと遠方を見ると、雲があった。

 わたしが見ていたところには雲がなかったが、遠くにはもったりとした白い雲がゆったりと浮いていた。塊となって。先ほどの雲が集まったものだろうか。ゆっくりと動き霧散したと見せかけて、また集まって一つになって。

 雲も人も、ゆっくりと動いている。時に姿を変えながら。


 今度はスマホにメッセージが届いたという知らせがあった。

 人間の方がやはり少し慌ただしく思えて、雲を羨ましく思いながらわたしは窓を閉じた。




  「雲がゆっくりと動いている」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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