第12話 宅配便

 その宅配便は、幅広の透明なテープでぐるぐるに巻かれていて、しかも普通のナイロンの紐ではなく、まるでロープのような頑丈な紐で厳重にくくられていて、開けるのにとても苦労した。


 中身は、実家で両親が作った野菜や洗剤などの日用品だ。

 そう、つまりわざわざ送ってくれなくても、ここらへんでもすぐに買えるようなもの。葉物はすでに傷み始めていて、いつもながら微妙な気持ちになった。箱の中に使わない調味料を見つけ、これはいったいどうしたらいいのだろう? と頭が痛くなった。はぎとった、幅広の透明のテープやロープみたいな頑丈な紐を捨てる。テープがべたべたして、めんどくさかった。


 箱の中はぎゅうぎゅうにいろいろなものが詰め込まれていた。一つ一つ取り出してみる。

 じゃがいも、さつまいも、さといも。大根に、大根の葉。葱。小松菜。

 台所用洗剤、洗濯洗剤。

 困るのは、使っているメーカーではないことだ。

 何かの粗品であろう、醤油、白い砂糖。

 醤油も、メーカーによって味が違うから、好みではない醤油は洗剤の類より、さらに嬉しくない。しかも、捨てる勇気もないから、使わない調味料は扱いにいつも困った。砂糖も三温糖を使っているから、白い砂糖をもらっても困るのだった。


 荷物の中に、クリアファイルがあった。手紙が入っていた。

 簡単な手紙。野菜を送ります、身体に気を付けてという主旨の。懐かしい母の文字。それから、なぜかわたしの昔の写真も入っていた。

「ホープ」

 それは、小学生のころのわたしが、飼い犬のホープといっしょに映っている写真だった。ホープは雑種で、人懐こいかわいい仔だった。ホープといっしょに散歩に行くのが好きだった。



 小学生のころ、学校に行きたくない日があった。友だちとケンカしてしまったのだ。そのとき、わたしはホープと長い散歩に出かけた。いつもより長い時間に長い道のり。ホープはわたしの屈託した気持ちが分かったのか、愛らしい顔でつきあってくれた。


 いつもと違う道を通ったら、ケンカした友だちに会ってしまった。

「みさきちゃん」

「……ゆいかちゃん」

 わたしもゆいかちゃんも気まずくて、立ち竦んでしまった。そのとき、ホープが「わん!」と鳴いた。

「ホープ」

「ホープっていうの? かわいいね。……なでていい?」

「うん!」

「ありがとう! ふかふか! もふもふ! かわいい!」

 わたしたちはホープを中心に笑いあって、それから自然に「ごめんね」と言い合った。

「じゃあね!」と手を振るころには、あたたかい気持ちでいっぱいになっていた。ホープはわたしと二人きりになると、わたしを優しい黒い瞳で見上げ「わん!」と言ってしっぽを振った。わたしはホープを抱き締め、「ありがとう、ホープのおかげで仲直り出来たよ」と言った。



 ホープは長く生きて、でも、老衰のため死んでしまった。わたしはホープ以外の犬は飼いたくなかったので、以来犬は飼っていない。

「身体に気を付けて」という母の文字が目に入った。……たくさんの荷物は愛情の証なのだ。……ごめん、お母さん。わたしはスマホを取りだし、母に電話をした。「もしもし、おかあさん? 荷物届いたよ、ありがとう!」




  「宅配便」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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