第6話 ぬばたまの

 ぬばたまの夜。

 わたしは夜の闇の中で、あなたに逢う。あなたとは昼間は逢わない。逢うのは夜だけ。

 どこまでも深い深い夜、わたしはあなたの味を識る。あなたもわたしを味わう。

 黒髪が乱れて、シーツに広がる。意志を持った存在であるかのように、うねる。

「どうして」

 言葉に力がこもり、躰に快楽が走る。

「どうして」

 どうして、と言われても、ただあなたとは夜に逢いたいだけ。

「愛してる」

 愛してるかどうかなんて、わたしには分からない。でもあなたとこうするのは好き。


 ねえ、心の方が大事なんて、どうして考えるの?

 わたしには、感じることが全て。この躰で受け止めることが全て。

 心は移ろいやすい。わたしはだから、心だけにすがることが出来ない。

 ぬばたまの夜に黒髪を散らして、わたしはあなたのとても深いところまで融けてゆく。じんわりと、わたしはあなたに融けて混じり合う。

 ねえ、これが全てじゃない? それでどうしていけないのだろう。


「愛してる……」

 ぎゅっと抱きしめられるのは好き。誰かの体温は安心する、とても。

 何を考えているか分からないなんて、どうして思うのだろう? どうして分からないのだろう? ねえ、ちゃんと躰にきいて? 分かるでしょう?


 ぬばたまの夜にぬばたまの黒髪があなたにもぱらりとかかり、優しい夜がわたしとあなたを包み込む。夜がどんどん深くなる。それはとてもあたたかい暗さだ。

 あなたとわたししか、この世にいないみたいな、そういう錯覚。

 どうしてみんな言葉を求めるのだろう。言葉があれば安心なのだろうか。

 わたしの真実はこの躰だけ。

 ねえ、この躰全部で、わたしはあなたに向き合っている。

 いつも夜に逢いましょう。

 世界に二人しかいない夜に。

 そうして、体温を感じて融け合えばいい。

 ぬばたまの夜がわたしたちを包み込んでくれる。

 優しく。

 言葉なんて、要らない。言葉には出来ない。言葉になると、みんな嘘になりそうで。


 心は躰で感じて。

 ねえ。

 感じることだけが、全て。

 何も言わないで。

 ぬばたまの夜に。

 あなたとふたりだけになる。




  「ぬばたまの」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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