第7話 悪阻
妊娠がこんなにつらいだなんて、誰も教えてくれなかった。
悪阻はある一定期間だけかと思ったけれど、最初からずっと悪阻だ。常に胃がむかむかしている。何か食べたい。でも食べ過ぎは駄目だという意識はある。でも食べたい。体重が増えちゃ、駄目。だけど、食べずにはいられない。食べている間だけ、このむかむかが止まる。
わたしは、何かにつき動かされるかのように、アイスクリームを冷凍庫から出した。カップのバニラアイス。とにかく、このバニラアイスでなくちゃいけないの。
わたしはスプーンでバニラアイスをすくった。食べる。口の中に甘くて冷たいアイスが広がる。これだ、と思う。とにかくこれ。バニラアイスをスプーンですくう、食べる。すくう、食べる。食べる食べる食べる。
一個食べた。続けて、二個食べた。もうやめなきゃ、と思いつつ、三個食べた。これでやめておこうと思って、もう一個食べた。それからさらにもう一個食べた。やめたのは、バニラアイスがなくなったからだ。
わたしはバニラアイスの空のカップをゴミ箱に捨てた。証拠隠滅のために、奥の方に捨てた。見つかったら、夫に怒られてしまう。
散歩に行こう! と思った。
今食べた分、散歩でカロリー消費すればいい。
わたしは小さなバッグにスマホとお財布を入れると、お散歩に出かけた。途中でうっかり買い物をしないために、エコバッグは持たない。わたしは玄関に鍵をかけ、鍵もバッグに入れると、マンションのエレベーターで下に降りた。
今日は川べりを歩こう。
川べりの散歩は好きだ。桜の時期が最高だけど、桜の時期が終わって緑の葉が元気な夏も、好きだ。葉が茶色くなり散ってしまっても、それもいい。寂しい感じもなんかさっぱりとして気持ちがいい。
黙々と歩き、コンビニが目に入った。喉が渇いたから、飲み物でも買おうかな。
コンビニに入る。
ふと、レジ前の唐揚げが目に入った。
唐揚げ。
むくむくと、唐揚げを食べたい衝動にかられる。唐揚げ、カロリー高いよね。でも一人分なら、……いいよね?
「唐揚げください」
「はい」
「……あ! あの、ここにあるもの、全部、ください!」
「はい、ありがとうございます」
わたしは五人前の唐揚げを手に入れた。有料レジ袋も買った。唐揚げに気を取られて飲み物を買い忘れたから、早く家に帰らなくちゃ。
胃がむかむかする。唐揚げを食べる。そうだ、コーラ飲もう。気持ち悪さが半減するから。唐揚げを食べる。次々に食べる。食べている間は気持ち悪くない。唐揚げを食べる。コーラを飲む。新しい唐揚げの封を開けて、唐揚げに爪楊枝を刺し、唐揚げを食べる。食べる食べる。
唐揚げの入れ物もコーラの容器も慎重に分からないようにゴミ箱に捨てた。
コーラがあることは、夫は知っている。後で、コーラだけ買って来よう。そして、減っていたところまで飲んで、証拠隠滅しておかなくちゃ。
悪阻はほんとうにつらい。
「悪阻」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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