第5話 カブト山古墳
幼い頃、わたしは確かにカブト山古墳という名の、小さいこんもりとした山で遊んでいたのだ。たいてい、一人でそこに行き、一人で山に登って遊んだ。「かぶとやまこふん」と呼んでいたけれど、小学校低学年だったわたしは、「こふん」の意味は分かっていなかった。小さな山だと思っていた。秘密基地みたいに思い、緑の中の坂道を登ったり、探険したりした。足元の砂が、山の斜面を登るたびに、さらさらと崩れた。
わたしはカブト山古墳が大好きだった。放課後、毎日のように出かけて行った。一人で。
葉っぱの緑の色、影。土の感触。でも、そういうのを全部覚えているのに、大人になったいま、わたしはそこに辿り着くことが出来ない。どうしても、行けない。カブト山古墳の映像はこんなにもくっきりとしているのに、そこに辿り着く道が分からないのだ。いったい、どこにあるのだろう? 子どもの足で行ける範囲だから、そんなに遠くはないと思うのに。
「ねえ、お母さん。カブト山古墳って、どこにあったっけ?」
久しぶりに帰省したとき、母に聞いてみた。
「え? カブト山古墳? お母さん、社会は苦手だよ」
「そうじゃくて、家の近くにあるんじゃないかと思って。小さい頃、遊んだよ」
「気のせいじゃない? お母さん、そんな場所は知らないよ」
「……そう」
母にきっぱりと否定され、やはりあれは幻だったのだろうか、それともテレビや映画の映像とごっちゃになったのだろうか、と考えるようになった。ネットで検索しても、カブト山古墳は全国にいくつかあり、わたしが探しているカブト山古墳は存在しないようだったのだ。
そんなある日のことだった。
「みぃちゃん、みぃちゃん」
仕事からの帰り道、懐かしい呼び名で呼ばれた。
誰? と思って声のした方を振り向くと、見知った顔があった。
「おばあちゃん! どうしたの? こんな遠くまで」
「うん、みぃちゃんが心配でね。また泣いているんじゃないかって思ってね」
「わたし、もう大人だから、だいじょうぶだよ」
「カブト山古墳に行こう」
祖母はそう言うと、老齢なのに思わぬ健脚ですたすたと歩き始めた。
「でも、カブト山古墳なんて、ないみたいだよ。あったとしても、ここからは遠いよ」
「みぃちゃん、忘れちゃったの? カブト山古墳は、ほら、そこだよ」
祖母が指さす方を見ると、こんもりした緑が見えた。
カブト山古墳だ!
「懐かしい! わたし、ずっとここに来たかったの」
わたしは古墳の入り口に立って、言った。祖母はわたしを見て優しそうに微笑んでいた。――ずっと前、うんと小さいときにも、こんなことがあったような気がする。
夕暮れが落ちて薄暗くなった緑蔭に、小さなわたしがスカートをはためかせ、駆けて行く幻を見た。
また、泣いているんじゃないかと思って。
カブト山古墳のことを教えてくれたのは、祖母だった。学校に行けなくなったわたしを連れて来てくれて、秘密の場所なんだよって教えてくれた。祖母が作ってくれた塩にぎりと麦茶がおいしかった。麦茶は、薬缶で作った香ばしい味がした。
わたしはカブト山古墳に登ってみることにした。
祖母の姿はもうなかった。
「カブト山古墳」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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