第3話 南天
今年は南天の赤い実を見ることが出来なかった。毎年見るのを楽しみにしていたのに。
わたしは寂しげな庭を眺めた。
寒い色をした庭は、下草もなくなり余計な枝もなくなり、随分きれいになった。
だけど、赤い実をつける枝も払われ、花が咲くかもしれなかった枝も払われ、わたしは実は、鬱蒼とした庭の方が好きなのかもしれないと思った。庭木は常緑樹であっても、なんだかさみしく、庭はわたしがよく知っている庭ではなくなっていた。
久方ぶりに母が来て、「あらまあ、なに、この庭は!」と言い、庭掃除を始めた。いっしょに出かけしようと言っても、「わたしは庭をやりたいから」と言って、ずっと庭の手入れをしてくれていた。数日我が家に滞在した母は、草や葉っぱが入ったビニール袋をいくつもいくつも作り、枝を伐採してくくった束をいくつもいくつも作った。
そうして、庭は寂しくなった。
でも不思議なことに、茶色く枯れた紫陽花の花はそのまま残されていた。これこそ切って欲しかったのだけど、なぜか残されているのだった。茶色く枯れた紫陽花の花は、庭にあって、茶色い色でもって寂しさを強調する存在となっていた。夏の終わりに、まだ花が生きているから、と切らずにそのままにしていた、紫陽花の花。もとがどんな色だったか、もう思い出すことは出来ない。茶色く、触るとぱりんと壊れてしまいそうな佇まいでありながらも、その丸さを強調して、まるでわたしの怠惰を示すようにそこにあった。
赤い南天が、勢いよく実をつけたら、庭は明るくなったのに。
子どもたちが小さいころは、その赤い南天の実を、クリスマスの飾りとして使ったものだった。想い出でもある、南天の実。南天は実だけではなく、あの葉っぱも好きだった。
だけど、背丈は短く刈り取られ、まるで手足をもがれたかのように、今年は赤い実をつけることはなかった。
小さいころ、欲しいものは何も買ってもらえなかったことを思い出した。ノート一冊、自由に買えなかった。服も母が認めたものしか買ってもらえなかった。進路も、結局のところ母が決めた道でしかなかった。手に職があるといいからと、看護師になった。しかしまるで向いていなくて、結婚すると同時に辞めてしまった。母は「資格があるからいつでも仕事出来るからいいわね」と言うけれど、わたしにはその気持ちは全くなかった。
わたしの赤い実はどこに消えたのだろう?
小さいころは、もっとたくさんの希望はあった気がする。
だけど、次々に伐採されていった。母の意に沿わない枝も実も。
買い物のために家を出て、ふと見ると、お隣さんの南天は赤い実を生き生きとつけていた。きれいだった。わたしの家の庭の南天も、来年はこんなふうに赤い実をつけるだろうか。
振り返って、庭を見る。
茶色い紫陽花が揺れた。
いってらっしゃい、と言っているように見えた。
南天が赤く生い茂っているさまが、見えた気がした。
「南天」 了
*ショートショート連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
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