第10話Ep0-1.Trouble1

第10話Ep0-1.Trouble1

 五月六日、金曜日。

 放課後、十八時三十分。一般棟、四階視聴覚室。



 パーテーションで区切られた一画の中、冬峰フユミネ梨沙リサは椅子に座って手持無沙汰にスマホをいじっていた。


(マキおそ。全然戻ってこないじゃん。私だって振り覚えなきゃいけないのに)


 リサはチアリーダー部の部長を務めていた。来たるファッションショーでの発表に備え、練習はいくらしてもし足りない。


 それでも今ここに座っているのは、他ならぬ友人マキの頼みがあったからだ。


 マキこと秋山アキヤマ麻姫マキは被服部の部長を務めている。つまりは文化祭と並ぶ文化部の一大イベント・ファッションショーの主催者だ。そんな彼女から直々に「自分のデザインする服でファッションショーのモデルをしてほしい」なんて頼まれたら、断るほうが無理という話だ。

 チア部の練習。学校の勉強。体育祭も近い。――そこへさらに、モデルのウォーキング。

 内心スケジュールきついなと思いつつ、それでもリサは首を縦に振った。

 そして今日が採寸の日、というわけだったのだが。

 数分前に他の部員に呼ばれ被服室まで戻った彼女はなかなか戻ってこない。パーテーションの向こうでは他のモデルたちが採寸しているはずだが、それも終わってきたのかだんだんと静けさが広がっていく。

 窓の外はいつの間にか真っ赤な夕焼け色だ。普段なら綺麗だと思うはずなのに、なぜだか今日は不気味に感じる。リサは両手で自分の二の腕を抱え、ぶるっと一度身を震わせた。


(てか! やけにホラーに感じるの、絶対コレのせいじゃん……)


 心の中で毒づき、リサは二の腕を抱えたまま振り返った。

 そこに掛けてあるのは一枚の振袖だった。白地に金糸銀糸で豪華な刺繍が施されていて、よく知らない自分にも高価だとわかるようなもの。

 マキの得意なジャンルは「着物の洋服リメイク」、らしい。なんでも亡くなった祖母が着物好きで、それをもっと手軽に着られるようにしたいと裁縫を始めたのだとか。「着物ってさー、着るの大変だし歩きにくいじゃん? だから私は着物の良さも活かしつつ、機能性も追求したような服が作りたいんだよね!」と笑う彼女は眩しかった。


 リサは椅子に座りなおした。

 忙しいのはお互い様だ。マキだってファッションショーの運営に加え、服のデザインから裁断・裁縫まですべてひとりでやっているのだ。無理をしてないはずがない。


(振り動画見直そ。イメトレくらいどこでもできる)


 いつの間にか自分も三年生。部活も、ファッションショーも、すべてが最後だ。

 ならばすべてを最高にしたい。悔いなんてひとつも残したくない。


 そう思ってスマホに見入る。

 ……けれどそれは長くは続かなかった。


「――痛っ!」


 突然、右足首に鋭い痛みが走る。

 屈んでよく見るとくるぶしの上当たりから血が滲んでいた。あかぎれなどではない――刃物で斬られたような、鋭い傷。


「え、嘘。なんで!?」


 リサは立ち上がって周囲を見渡した。

 傷は浅い。歩くのに支障はない。――しかし問題はそこではない。


 視聴覚室をさらにパーテーションで区切った、狭い一画。

 前を見ても右を見ても左を見ても、そこにいるのは自分だけだ。


 ――そして、後ろには。

 床すれすれの高さで掛けてある、白くて、豪華で――古そうな着物。


 自分しかいない空間の中、白い着物が嗤うようにゆらゆらと揺れていた。




――――――――

作者コメント


 ここまでお読みいただきありがとうございました。珍しくハウダニットやります。胃が痛い。解答は第10話までお待ちください。

 おもしろかったら☆と作品フォローいただけると嬉しいです。また、感想コメントいただけるとキャラの出番が増えたり近況ノートに設定まとめたりするかもしれません。よろしくお願いします。

 1話分書き溜めてから投稿するので、次回更新は少々お待ちください。「各話あらすじ」になんとなく全体の流れ載せてます。

 それでは第8話でお会いしましょう~。


サトルクエスチョン(前作)→ https://kakuyomu.jp/works/16817330659124257742

近況ノート→ https://kakuyomu.jp/users/166P_himurinn/news

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サトルクエスチョン2 氷室凛 @166P_himurinn

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