第7話Ep3.再会
五月二十七日、金曜日。
放課後、十六時四十五分。職員棟、生活指導室。
「お悩み相談部 活動中」。
そんな手書きの張り紙が貼ってある生活指導室の扉に、エミはゆっくり手をかけた。本当はエミリにもついてきてほしかったが、「部活あるから! ごめん!」と手を合わせて断られた。
ため息交じりに扉を引き開け、そして小さく声を上げる。
「あっ」
その声に中にいた男子生徒が顔を上げ、
「……あ」
とこちらも小さく声を漏らす。
「え? サトル先輩、知り合いでした?」
カイの言葉に「ええ、まあ……」と曖昧に頷いたのは、金縁の大きな丸眼鏡を掛けた男子だった。彼が喋るのに合わせてサラサラと長めの前髪が揺れる。
「図書委員で一緒で……。そう言えば自己紹介はしていませんでしたね。僕は二年五組の
「一年十組の
「いえいえ。その後大丈夫でしたか?」
サトルの問いに頷きながら、エミは無意識に俯いて自分の頬に手を当てた。委員長の言っていた言葉の意味が今になってわかる。
(サトル先輩に聞くといい、って、先輩がこの部活にいるからか……!)
エミリの言葉を散々否定しておきながら、自分が落胆していることに気付いて恥ずかしくなる。それを表に出さないように軽く唇の内側を噛み、エミは促されるままに席に着いた。
「では改めて、お悩み相談部へようこそ、エミさん。カイくんから軽く聞いてはいますが……もう一度説明してもらってもいいですか?」
お悩み相談部。
なんでも、三年の先輩が去年立ち上げた新設の部活らしい。生活指導室の一部を間借りして活動しており、活動内容は「生徒の悩みを傾聴、必要であれば解決する」。
高校ともなると随分立派な部活動があるものだと、カイから話を聞いた時にはいたく感心した。同じ一年生の彼がそんな部活に入っているというのも。
(私もそんな風に誰かの役に立てたらいいけど……。でも、私なんて)
内心ため息をつきつつ、エミは本日三度目となるその出来事を話し出した。サトルは時折相槌を打ちながらそれに聞き入り、
「その男子生徒というのは……確かにあの時本を返却した人ですか?」
エミが縦に振った首に合わせて癖っ毛がふよふよ揺れる。サトルは考え込むように顎に手を当て俯いた。
「ふむ……。シュンスケ先輩が」
「先輩、あの人とお知り合いなんです……?」
エミの問いにサトルは机の一点を見つめていた顔を上げ、
「ああ、あの人漫研の部長さんなんですよ。以前
「あっ、火曜日の
「君がそういうわけのわからないことを言いだしたそれの時です、カイくん」
「そのネーミングは俺じゃないもん……」
すねたように唇を尖らせるカイと、横で呆れたようにため息をつくサトル先輩。エミの脳裏に犬とリードを持った飼い主の姿がチラチラと浮かぶ。
サトルが軽く咳払いして何か言おうとした時、
「ちっすー」
軽い言葉と共にガラリと生活指導室の扉が開いた。入ってきたのは明るい髪色をした男子生徒だ。前髪はカチューシャで雑に上げられ、シャツの裾はびろびろとズボンからはみ出ている。
ちょっと怖い人入ってきたな、ここ生活指導室だし呼び出されたのかな、なんてエミが考えたのも束の間。彼はその場で立ち止まり、自分のことをじっと見つめてきた。茶色い彼の瞳と目が合う。
少しだけ垂れたその目は笑えば人懐っこくなるかもしれないけれど、真顔で見つめられるとただただ威圧感しか感じない。エミは耐えきれずに小さく悲鳴を漏らした。
「――ひぇ」
「お疲れ様です、ジンゴさん。――どうしました?」
怪訝な顔で立ち上がりかけたサトルに、「うんにゃ」と彼はやっと視線を外した。大きな声で挨拶するカイに手を振って応えながら、
「ワリ、今日人来ると思ってなかったから。ちょっとびっくりして」
「カイくんが『つながるくん』で言ってましたよ」
「まじ? ワリー見てなかったわ。あーほんとだ、超長文来てるじゃん」
スマホをいじりながらガラガラと椅子を引っ張ってくる。彼はどしんとそれに逆向きにまたがって座り、やっとエミに笑いかけた。
「悪ぃな、驚かせちまって。俺、
「ひゃい!?
(この人これで生活指導委員長なの!?)
言われてみればよく校門に立って挨拶運動をしているのを見たかもしれない。けれど委員長とは思わなかった。
それに彼はもうひとつ何か言っていなかったか。「
(え、この部活作ったのこの人!? 見た目こんなチャラチャラしてるのに!?)
人は見かけによらないなと、エミは深く息を吐いた。
「んで? えーと、カイのこの長文によれば、図書室で毎回同じ本を借りる生徒の謎を解決したいってこと?」
スマホを眺めながら喋るジンゴの言葉にカイが勢いよく頷く。
「ですです! 図書委員長さんの出したヒントが『文車妖妃』だったんですって! それでオカ研の俺のとこに来たって!」
「……お前元気だなー。昨日の今日で」
フンフンと両手を振りながら話す彼に「その元気ちょっと分けてくれよ」とジンゴは笑う。その笑顔は少し陰があるようにも見えたけれど、カイはそのまま話し続けた。
「だって昨日先生と話して解決したんだし、オカ研はもう一回プレゼンしなおせばいける感じじゃないですか! 元気にもなりますよ!」
「ま、フショウさん来てくれたのはお前の活動のおかげかー。へへ、やるじゃんカイ」
「! ありがとうございまっす!!」
お手をした後、いっぱい褒められておやつをもらった時の犬。パタパタと尻尾を振る大型犬の姿がエミの中で彼に重なる。
そんな後輩を横目で見ながら、
「ジンゴさん、レナ先輩わかります? 図書委員長の。何か知ってそうなんですけど」
そう投げかけたサトルの言葉で逸れていた話が元に戻る。聞かれた方は椅子の背を抱えて「うーん」と首を傾げた。
「ワシオさんっしょー? まあ一応わかるけど。文芸部の部長もしてるよな。割と顔は合わせるけどあんま喋ったことはねーなー。――なんか、氷のオンナって感じしない?」
眉を寄せて言うジンゴに今度はサトルが首を傾げる。
「……さあ。そうですか?」
「するする。眼鏡だし、九組って理系ハイレベルクラスじゃん? 頭いーし元
「別に眼鏡はいいじゃないですか……。話したらだいぶ面白いですよ、レナ先輩」
「そりゃお前とは話合うからじゃねーの。俺は本読んだり映画見たりしねーもん」
「ああ……。確かにキャラは違いますよね」
「どっちかっつーとお前と同じタイプだよな。ひとりが好きな感じ。話しかけずれーわ」
モゴモゴと「別に話しかけられたら答えますけど……」と言うサトルに「ま、別に話す用事もねぇしなー」とジンゴは両手を広げた。
「だからそんなよくは知らねぇよ。ヘタしたらお前の方が詳しいんじゃね?」
「そうですか。じゃあ――レナ先輩に彼氏さんがいるかとかも、知らないですか?」
指先を組んで言ったその台詞に、彼の先輩であり幼馴染でもあるジンゴの目がキラリと光る。
「さあ、聞いたことねぇけど。でも俺はさっき言ったみたいに仲良くもねぇし。つか、ナニ? お前がそんなこと聞くの珍しいじゃん。もしかしてああいうのがタイプなん?」
「いや、そういうわけじゃなくて、」
「その図書委員長ってどんな人なんですか!? 超気になります!!」
「だから違くて、」
「先輩、ああいう大人っぽい人がタイプなんですね……」
「エミさんまで!?」
クールビューティーの委員長とモデルみたいな顔立ちのサトル先輩。ふたりが付き合ったらさぞ絵になるだろうと、エミはため息をついた。
――――――――
作者コメント
お読みいただきありがとうございます。
本を借りた人はシュンスケ先輩でした。シュンスケ先輩が出てくる話はコチラ→ https://kakuyomu.jp/works/16817330659124257742/episodes/16817330661096393427
ちなみにここまででヒント9割出てます。解答編は「Why?」「Who?」「Why?」の3つです。よかったら考えてみてください~。
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