第7話Ep4.ノイズ


 五月二十七日、金曜日。

 放課後、十七時三十分。職員棟、図書室。



 先ほどのやり取りから数分後。

 エミとサトルは連れ立って図書室にやってきた。「四人は多いだろ」とジンゴが言って、彼とカイは生活指導室で留守番だ。何気なく目をやると「図書委員のおすすめ」コーナーには「世界で一番美しい元素図鑑」が立てかけられている。

 ふたりでカウンターに入る。ドキドキと心臓を高鳴らせるエミの横で、サトルは慣れた様子でパソコンを操作した。こっそり盗み見ても、その表情は四人で話していた時と何ら変わらない。

 顎に細い指を当てて、


「うん、確かに……。シュンスケ先輩の貸し出し履歴、ちょっとおかしいですね。同じ本を頻繁に借りてる。こうなったのは……四月の下旬頃からですか。去年までは普通なのに」


 そう言って画面をこちらに向ける。エミは息を止めてそれを覗き込んだ。


 三年四組。下野シモノ春介シュンスケ


 件の生徒は彼で間違いない。貸し出し履歴には同じタイトルがズラリと並び、スクロールバーが米粒のように小さくなっている。


「……この人、今日は借りてませんね」

「そうみたいですね。やはり鍵を握っているのはレナ先輩……。まだ校内にいるなら話が早いけど……」


 トントンと指先で軽く机を叩きながらサトルが唸る。

 ――その言葉が呼び水みたいに。


「――おや。おやおやおやおや。これはいい組み合わせじゃあないか」

「! 委員長――!」

「お疲れ様です、レナ先輩。――この後って、時間ありますよね?」

「ほう? そんな聞き方をするということは。私の出した謎がわかったのかな?」


 長い髪をバサリとなびかせ、眼鏡の奥の瞳を光らせて。


「もちろんだ。君の答えを聞こうじゃないか、サトルくん」


 図書委員長――鷲尾ワシオ玲奈レナはニコリと口角を引き上げた。




 ♢ ♦ ♢




――――――――――

―2022.5.27 17:20―


j.m.:

9組のわしおさんって彼氏いる?


kiki:

なんで?


j.m.:

よく見るとかわいいなって
























j.m.:

冗談だって


j.m.:

さとるに聞かれたから聞いただけ


j.m.:

まじで


j.m.:

おーい


j.m.:

既読無視やめて


j.m.:

ねえ


kiki:

うるさい!しらない!


――――――――――




 五月二十七日、金曜日。

 放課後、十七時三十分。職員棟、生活指導室。



「――はあ」


 ポチポチとスマホをいじっていたジンゴは突然ぱたりと上体を机に投げだした。それを見た途端カイもビクリと身体を震わせる。


「ジンゴ先輩!? 大丈夫ですか!?」


 彼の大袈裟とも取れるリアクションにはわけがある。ジンゴは――普段の飄々とした態度からは想像しづらいけれど――生まれつき身体が弱いらしい。現にカイが入学してからのこの二か月で何度も学校を休んでいる。

 だから突然具合が悪くなったのかと、カイは慌てて駆け寄ったのだけど。

 その先でぐいっとスマホを突き出し、


「キキが怒ったぁ……」


 泣きそうな顔でジンゴはそう言った。


「…………はあ?」

「見てよこれ」


 再びスマホアプリ「つながるくん」の画面を突きつけられる。数秒それを眺めたカイは深々と息を吐きだした。


「びっくりしたじゃないですかぁ……。なんか心臓の発作でも起きたのかと」

「? あ、ワリワリ。心配してくれたん? 俺心臓は元気だから突然バタリとはなんねぇよ。心はかなり傷ついていますが」

「それは、まあ……先輩がそういうこと言うからじゃないですか?」

「うっわオマエ、サトルに似てきてね? ひどー、アイツの塩対応は学ばなくていいよ。つかさ、これキキもひどくない? イエスかノーで答えられるのに既読無視しなくていいじゃん」


 キキ、とは生徒会長の白沢シロサワ希喜キキのことだ。新聞部部長と双璧を成す、彩樫高等学校この学校のことなら何でも知っている情報通のひとり。

 そしてその生徒会長・白沢希喜と生活指導委員長・仁吾未来は長らく両片思いをしているとかいないとか。彼女の気配すら感じられない自分には随分とまあ羨ましい話だ。


(リア充爆ぜればいいのに)

「リア充爆ぜればいいのに」

「声出てるぅ~! けど俺はリア充じゃありません~~~~。寂しい独り身ですぅ~~~~」

「え、俺、キレていいんですか?」


 告白されるたびに全て断っているという逸話の持ち主に、告白してもないのにフラれた経験のあるカイの目が据わる。


「だめです。いやまじでごめんて。その目ガチじゃん。ほんとごめん」

「もう帰ろうかな……」

「いや待ってごめん、じゃなくてさ、お前に聞きたいことあったんだわ。まじでまじで」

「はあ……。なんですか?」


 帰ろうかな、なんていうのは冗談でまったくその気などなかったけれど、ジンゴはカイの腕を引っ張った。サトル先輩に腕を掴まれた時のことを思い出してつい身構える。

 ジンゴは真剣な眼で、


「さっきの、フショウさん? って何組?」

「十組って言ってましたよ」

「十組ね。じゃあさ、お前――今日までにフショウさんのこと、見たことある?」




――――――――――

―2022.5.27 17:40―


j.m.:

1-10のふしょうえみってわかる?


kiki:

その子もかわいかった?


j.m.:

真面目に


j.m.:

あのこ御三家関係?


kiki:

いいえ

普通の一般家庭


j.m.:

顔わかる?


kiki:

[スタンプ:かわいい]

[スタンプ:ヒューヒュー]

[スタンプ:ハートがいっぱい]


j.m.:

だからごめんって


j.m.:

じゃなくて

まじめに


j.m.:

実際に見たことある?
















kiki:

ないかもしれないわね


――――――――――




――――――――

作者コメント


 ここまでお読みいただきありがとうございます。スクロールお疲れ様でした。

 ヒント十割出ました。次回から解答編です!

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