第7話Ep5.Why?
五月二十七日、金曜日。
放課後、十七時四十五分。職員棟、司書室。
図書室のカウンターの奥。図書委員と司書の先生しか立ち入らない部屋、それが司書室だ。
おしゃべり禁止、飲食禁止で常にどこか張り詰めた空気が漂う図書室に引き換え、司書室は随分と居心地がいい。
冷暖房に加え冷蔵庫ポット電子レンジまで完備したその部屋で、エミとサトルは図書委員長・
この部屋にいるのは三人だけ。もとより一般生徒は立ち入らないし、司書の先生も今は席を外している。
カップからずずっと淹れたてのココアをすすり、
「さて、サトルくん。とある生徒が同じ本を何度も頻繁に借りている謎。――君はこれをどう考える?」
レナは上目遣いにサトルを見た。
サトルはその視線を受け止め――、
「レナ先輩。おそらくカッコつけたかったんだと思いますが――眼鏡曇ってますよ」
ひどく冷静にそう言った。
(先輩、それ言っちゃうんですか!?)
エミは思わず双方の顔を盗み見た。けれどふたりとも表情にさして変化はない。サトルはほぼ無表情、レナも曇った眼鏡の向こうでほぼ顔の筋肉を動かさないまま、
「うるさいな。わかっているなら気付かない振りをしたまえ。君もどうせ飲んだら曇るんだから。あっ、眼鏡外したな!?」
「僕は別に眼鏡してなくても見えるので」
「制約と誓約なんだろ? 外したら死んでしまうぞ」
「そういう誓約じゃないので大丈夫ですよ」
サトルは優雅にココアを口に含む。それをコクリと飲み下し、その切れ長の眼で今度こそ真っ直ぐにレナを見据えて言う。
「とある生徒が同じ本を何度も頻繁に借りている謎。その首謀者――というか、そうするようにシュンスケ先輩に頼んだのはあなたでしょう、レナ先輩。率直に聞きますけど――、先輩、シュンスケ先輩と付き合ってます?」
「ほぉ?」
癖、だろうか。カップを机に置いたレナは片手でバサリと髪をなびかせた。そのまま脚を組んで不敵に笑う。
「そう思う根拠は? そして私の交際と彼の行動にどんな関係が?」
「それをこれからご説明しますよ」
そう言って外していた眼鏡を掛け直したサトルは、計算したみたいに完璧な笑みを浮かべた。
♢
「まずはシュンスケ先輩の行動を整理しましょう。他にもいくつかありますが、先輩が借りていたのは概ね四種類。『寝台特急18時56分の死角』、『大阪経由17時10分の死者』、『コンビニたそがれ堂』、『公園で逢いましょう。』。この四冊の中から二冊を昼休みに借り、その日の放課後には返す。そういうパターンが多かった。――それで合ってますよね、エミさん」
「えっ、はいそうです!?」
突然同意を求められてエミは慌てて返事をした。隣を見ると、目が合ったサトルは表情をやわらげ頷いた。
(あ~~~~先輩笑ってる!!!!)
思わず頬に手を当てる。視線を正面に戻すとレナが面白そうにこちらを見ていた。
「二冊というのは、時間と場所の組み合わせです。となるとこれは待ち合わせの時間と場所を示していると考えられる。放課後のその時間、コンビニか公園で会えないかと聞いてるわけです。じゃあ次の問題は『誰と』となるけれど――これはレナ先輩、あなたしか考えられません」
縮こまるエミの横でサトルは淡々と続きを話す。レナも表情を引き締め身を乗り出した。
「それは、なぜ? エミちゃんをけしかけたのが私だからという理由なら、実につまらない回答だ」
「いえ、もう少しちゃんとした理由がありますよ。シュンスケ先輩は図書室の本を借りることで誰かとこっそり待ち合わせの約束をしていた。けれどこの方法が使えるのは、カウンターのパソコンから貸し出し履歴を見れる図書委員だけです」
サトルは言い切ったけれど、
(ほんとにそうかな……?)
エミは頬っぺに手を当てたまま、横で小さく首を傾げた。
けれど口を挟む勇気はない。そのまま黙っていると、また委員長と目が合った。
「おや、サトルくん。エミちゃんが言いたいことがありそうだ」
「えっ、いや、そんな、」
「はい、なんでしょう」
サトルが少し屈んでこちらを向く。
エミはつい顔を逸らした。そのままモゴモゴと言葉を紡ぐ。
「えっと、その、全然大したことじゃないんですけど……。それだけで図書委員だけって言い切れるのかなって、ちょっと、思って。クラスの人とか……」
(無理、顔近い、むり!! ていうか別に私の意見なんていいのに~~!)
だんだん小さくなるエミの台詞に委員長はうんうんと頷いて、
「なるほど私も同意見だ。図書室の本を借りているから相手は図書委員だというのは、いささか早計に思えるね。例えば、図書室で借りた本を自分の机に置いておく。さりげなくそれを確認したクラスメイトが待ち合わせ場所へいそいそと赴く。こんな可能性だってあるわけだ」
大きく手を広げてサトルを見た。
けれどサトルはゆっくりと、しかしはっきりと首を振る。
「クラスメイト、あるいは図書委員以外の誰かというセンは、まあないでしょうね」
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