第7話Ep6.Who?


「なぜそう言い切れる?」


 余裕たっぷりにレナが言い、エミは交互に先輩たちに目をやった。

 ふたりとも眼鏡の奥の瞳を同じように細めていて――、なんだか楽しそうだ。


「レナ先輩が言ったような該当の時間と場所を示す本を机に置いておくというやり方なら、毎度毎度わざわざ図書室まで借りに来る理由がないんですよ。貸し出し期限は二週間あるんです。四冊まとめて借りて、使わない分はロッカーにでもしまっておけばいい」

「わからないぞ? もしかしたら読みたい人がいるかもと思って、毎回律儀に返してたのかも」

「あんまりそういうことを言われると僕も言い返せなくなってしまうんですが――あとはシュンスケ先輩の性格、ですかね」


 サトルは手の中のココアをゆらゆらと回し、一口飲み込んだ。エミもつられたようにココアをすする。


「シュンスケ先輩は基本的に穏やかでのんびりしているタイプで――合理性を追求するようには見えないけれど、それでも毎日この待ち合わせの暗号のために図書室に来るほど、労力を厭わない人には思えませんでした。――例えば、好きな人の顔を見るため、とかじゃなければ」


 その言葉にレナはニヤリと笑う。そして続けて、


「ほぅ。ではクラスメイトではないとしても、ならば私以外の全図書委員にも可能性があるんじゃないか? 彼は三年だから百歩譲ってお相手は一年や二年じゃないとしても、当然三年の図書委員は私の他にもいる。彼はそのAさんと、君が言った方法で待ち合わせをしてた。それを知っていた私はエミちゃんにあえて答えを教えず、あんな回りくどい答えをした。こうも考えられるだろ?」

「残念ながらそれもないですね」


 サトルはまたココアを口に含み、レナも再びそれをすすった。

 ココアはいつの間にか冷めていて、レンズ越しに彼女が器用に片方の眉を吊り上げるのが見て取れた。「なぜ?」と問いかけるように。


「エミさんの話を聞いたとき、一応、今月の貸し出し当番の誰かという可能性も考えました。各学年の十組の誰かということですね。でも先ほどシュンスケ先輩の貸し出し履歴を確認したとき、彼がそういう行動をし始めたのは先月の終わり頃からでした」

「だから常に図書室にいる、委員長の私だと?」

「そうです、委員長。この図書室に入り浸っている生徒は僕とあなたくらいです。僕ではないし、司書の先生でもないだろうし、となると先輩しかいません。――あと、レナ先輩だと思った理由はもうひとつ」


 ぺろりと唇を舐め、その先に指を一本立てる。ふたりの視線がそれに吸い込まれる。


「シュンスケ先輩との取り決めはこうでしょう。『放課後会いたいときは、シュンスケ先輩が昼休みに集合時間と場所を示した本を借りる。レナ先輩は放課後までにそれを確認し、おすすめコーナーの本で返事をする』。返事は赤い表紙の本がイエス、青がノー、黒いのが待機状態ってとこですか? いやはや手が込んでる」

「――あ。なるほど……」


 委員長の今までの行動を思い返し、エミは小さく呟いた。

 図書室に入ってすぐ、カウンターの横。「図書委員のおすすめ」コーナー。基本はその月担当の委員が好きな本を並べているが、その内数冊は常に委員長が選んでいる。図書委員長の特権のうちのひとつ。

 レナに「いつも同じ本を借りている生徒がいる」と相談をした日、確かにそこには「海の大図鑑」が並べられていた。青い表紙の本。そしてその日は「文芸部で用事がある」とも。


(あれは部活があるから今日は会えないってことだったんだ……! でも、そんなの……普通気付かないよ)


 感心してしきりに頷くエミをよそに、当のレナは一度大きく手を叩いて笑い声をあげた。それはもう、楽しそうに。


「あはっ! まさかそこまでわかっていたとは! さすがサトルくん。いやはや、お見それしたよ!! いつ気付いたんだい?」

「そう思ったのはエミさんの相談を受けてからですけど……。最近やたら変わるなとは思ってたんですよ。それで今日の本は黒い表紙の『世界で一番美しい元素図鑑』で、シュンスケ先輩の履歴には貸し出しがなかった。だからそうかなと」

「いや正直、あそこのコーナーをまともに見てる人間がいるとは思ってなかったよ。いやぁまいった、そこまではわからないと思ったんだけどねぇ。――だけどサトルくん」


 レナは身を乗り出した。楽しそうな、それでいて鋭い光がその目に宿る。


「君の推理は素晴らしい。しかしいちばん大事な部分が抜けている。――スマホひとつでいつでも連絡が取れるこの現代で、私は『なぜ』そんなまどろっこしいことをしたと思う?」

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