第4話 鬼火と漫画研究部

第4話Ep1.火曜日の発火能力者《パイロキネシス》

 四月二十六日、火曜日。

 放課後、午後四時三十分。職員棟、生活指導室。


「先輩、『火曜日の発火能力者パイロキネシス』の噂知ってます?」

 後輩に話しかけられ問間トイマサトルは読んでいた文庫本から顔を上げた。金縁の丸眼鏡をかけた首を少しだけ傾げ、その拍子に長めの前髪がサラリと揺れる。

「……エジソン歌ってる人でしたっけ?」

「似てるけどそれは水曜日ですね」

「……バラエティ番組?」

「それも水曜日ですね」

 じゃあわからない、という風にまた首を傾げた彼のことを、横に座った後輩――神宮ジングウカイはキラキラとした目で見下ろした。身長一八○センチある彼は座っていてもサトルより背が高く、一見運動部かのような風貌だ。

「同じクラスのやつが見たんですよ! 彩樫高等学校ウチの近くに大きい公園あるじゃないですか。そいつが予備校帰りにそこを通りかかると、出たんだって! 大きい鬼火が、どろどろと――」

 おばけのポーズで身を乗り出してくる彼から身体を引きつつ、

「……発火能力者パイロキネシスって言ってませんでした?」

 サトルは呆れたようにそう返した。

 カイはアニメや漫画が好きないわゆるオタクであり、中でも妖怪に心惹かれていた。オカルト研究会の設立を目指しメンバー集めに奔走している彼の熱意は高く――、それゆえ情報にフィルターがかかることもしばしばだった。

 カイは唇を尖らせ、

「確かにクラスのやつはそう言ってたけど! 俺は鬼火だと思うんですよ! ていうかなんですか発火能力者パイロキネシスって、あり得なくないですか?」

「えぇ……鬼火は信じるのに……?」

「鬼火は死んだ人の霊とかじゃないですか。発火能力者パイロキネシスみたいなわけのわからないチート能力よりよっぽどありますよ」

「僕にはその思考回路も謎ですけど。でもどうせ現実はタバコの火とか、そんなところでしょう。ていうかさっきから思ってたけど、たまたま火曜日に一回見ただけで『火曜日の発火能力者パイロキネシス』なんて、大袈裟な……」

 本に視線を戻したサトルに「違うんですよ!」とカイは机を叩いた。「うるさい」と速攻で睨まれる。

「あ、スミマセン……。でもその火を見たのは一回だけじゃなくて、火曜日になると毎週現れるんですって。それに見たの、そいつだけじゃないんですよ。スバルと一緒にいろんなクラスに聞いて回ったけど、他にも何人か見た人がいるんです。なんでもこの辺りは大むかし合戦場で、非業の死を遂げた侍たちがごろごろと眠っているとか……。その霊をこれまたむかしむかしに天狗の一族が封印したけど、現代になってその封印が緩んできてるって……。そして毎週火曜はその封印が一番弱まる日、抑えきれなくなった怨霊たちが鬼火となって溢れ出るとか……」

「はいはい。僕ずっとこの辺りに住んでるけどそんな話聞いたことないですよ。どっかで嘘掴まされましたね、お疲れ様です」

 冷たい目を向けられカイはまたバシバシと机を叩いた。サトルの目がより一層冷たくなるがカイはそれに気付かず続ける。

「いやいや先輩、それだけじゃないんですよ! 最初に言った同じクラスのやつ、そいつが先週、思い切って近づいてみたら――公園の端のほうにぽつんと一個だけ火が燃えてて。よく見ようと思ってさらに近づくと、揺らめいてボッと火が大きくなったんですよ! そして周りに誰もいないのに突然『近づくな!』って声が聞こえたって!!」

「……その後は?」

「ビックリして速攻で逃げ帰ったって。で、今日になってその話を俺にしてきて、『あれは絶対国が隠してる発火能力者パイロキネシスが能力の練習してたんだって! 見ちまった自分も消されるかもしれない!』って言ってくるんですよ」

「その理論だとそれを聞いてしまった僕たちももれなく消されてしまいますね。……大丈夫ですかそのお友達?」

「やばいですよね」

 呆れ顔をしているとゆっくりと扉が開いた。ふたり同時にそちらを向き、サトルは計算したみたいに完璧な笑みを、カイはぎこちない作り笑いを顔に浮かべる。

 そこにいたのはひとりの男子生徒だ。ふわりとした髪型の彼は顔つきもなんだかふわふわしていて、押しに弱そうな人だとカイは思った。

 扉を開けたものの、きょろきょろと中を見回し入るか入らないか決めかねているような彼にサトルが声をかける。

「こんにちは、お悩み相談部へようこそ。中へどうぞ」


 お悩み相談部。


 三年のジンゴが去年立ち上げた新設の部活だ。生活指導室の一部を間借りして活動しており、活動内容は「生徒の悩みを傾聴、必要であれば解決する」。

 お悩み相談部部長にして生活指導委員長の仁吾ジンゴ未来ミライはこの教室の実質的な支配者でもある、けれど。

「あー……。ジンゴくんっている?」

 来訪者の質問にサトルはゆるゆると首を振った。

「今日はお休みですね。体調すぐれないみたいで。ジンゴさんに個人的に何かあるなら伝えておきましょうか?」

「あー……そうなんだ。彼、けっこう身体弱いらしいね。お大事にって伝えておいてくれるかな」

 サトルは頷き、続きを促すように彼をじっと見つめた。彼は教室に入るかまた迷うように首を振り、けれど結局最後はサトルの正面に腰かけた。

「……あーごめんね、この部はジンゴくんの部活だって聞いてたから、他の人がいると思わなくて。君たちもお悩み相談部の部員なんだよね?」

「はい、僕は二年の問間トイマサトルです。サトルと呼んでください。こっちは、」

「一年の神宮ジングウカイです!」

「僕は三年四組の下野シモノ春介シュンスケ。初めまして。漫画研究部の部長をやってるんだけど、そのことでちょっと相談があって……」

 シュンスケの相談にサトルはうんうんと笑顔で頷く。カイが「営業スマイル」と呼ぶそれは、けれど初対面の相手に対して効果が抜群だった。固い表情だったシュンスケの顔がみるみるうちにほぐれていく。

「もう三週間前になるかな。部員ふたりが喧嘩しちゃってね。それからその子たちの仲がずっと険悪で、困ってるんだ」

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