第4話Ep2.漫画研究部


「部員同士の喧嘩ですか。それは部長さんとしては頭が痛いでしょうね。内容についてもう少し詳しく伺っても?」

「喧嘩したのは天野アマノ優羽也ユウヤ犬神イヌガミカオルっていうんだけどね。ふたりとも二年生なんだけど、知ってるかな?」

「あー……。カオルくん……」

 数分前のシュンスケのようにサトルの歯切れが悪くなる。シュンスケを見ていたカイは先輩を振り返った。

「サトル先輩、その人のこと知ってるんですか?」

「あー……同じ学年なので、まあ……。中学も同じだったし……。彼、素行が悪いって有名ですよね。漫研入ってたんだ……」

 素行が悪い。その言葉でカイは思い出す。

 眼鏡をかけていて髪も染めていなくて学ランのボタンを全部閉めているような、要するに地味で真面目そうに見えるこのサトル先輩が、ジンゴ先輩に事あるごとに元ヤンと呼ばれることを。そして、本当にそうなのではないかと思えるような言動をたびたびすることを。

 その、見た目だけは暴力とは縁遠そうなサトルが口を押さえて言った言葉に、シュンスケは大きく頷いた。

「そうそう。彼、あんまりよくない感じの有名人らしいね。でも漫研ではいつもいい子なんだよ? あんな髪赤かったり目つきも悪いのに、描くのは少女漫画系のラブストーリーで。絵は下手、コマ割りも下手、ストーリーもありきたりって感じだけど、よく頑張ってるよ」

(シュンスケ先輩、意外とストレート……)

 優しそうに見えるシュンスケが下したカオルへの評価に、カイは少し驚いた。けれどサトルは気にせず、

「そうなんですね、意外……。もうひとりのユウヤくんは? どんな人なんですか? そちらは知らなくて」

「ユウヤは、うーん、大人しいタイプの子かな。僕と似た系統かな、あはは。でも漫画はすごく上手くて、ラブコメとかそういうのが得意なんだよね。絵も上手いし、コマ割りとかストーリー展開もすごく上手いんだ。ウチの部で一番おもしろい作品描くのはユウヤだよ」

「ははぁ、なるほど。ふたりとも恋愛系の漫画を描いてるってことですね? それで、どうして喧嘩したんですか?」

「……きっかけは体験入部の企画でね」

 シュンスケは大きく息を吐きだし、机の上で組んだ両手に額を当てた。三週間分の彼の心労がにじみ出る。

「事の発端は四日の月曜日なんだけど」

「入学式でしたよね」

「そうそう。部活動紹介は翌日だったけど、体験入部自体はその日からあってさ。それで僕たち漫研は『自分が初めて描いた漫画と最新の漫画を並べる』って企画をやったんだ」

「へえ。漫研に入る前後の上達具合が新入生にわかるってことですか。おもしろそうですね」

「うん、企画自体は好評だったんだけど。そこでカオルくんがね、ユウヤの最初の作品見て怒りだしたんだよ。『テメェなんでこんなの描いたんだ今すぐ燃やせ』とか言って。もう大騒ぎだったよ。翌日からユウヤはその漫画出すのやめたし、ふたりが顔合わせるたびに空気悪くって……」

「へぇ、そんなことが……。カオルくんはなぜ怒ったんですか?」

「うーん、なんだかユウヤが最初に描いた作品が許せなかったみたいなんだよね。今でこそ描いてるのはラブコメだけど、その作品はバトルものでさ。絵柄もいまと違っておどろおどろしいというか。内容に合わせたのかもしれないけどね」

「どんな内容だったんですか?」

「妖怪大戦争みたいな?」

「え、妖怪」

 カイは思わず口を挟んだ。眼鏡の奥でサトルが微かに顔をしかめる。けれどサトルは何も言わず、シュンスケは「そうそう」とカイに微笑んだ。

「主人公は人間なんだけど、ある日とある妖怪に出会うんだ。で、そこから妖怪同士の戦いに巻き込まれていく。妖怪は人間と共存する派、人間滅ぼす派、中立派の三つの陣営に分かれていて、最終的には主人公のいる人間共存派が勝ってめでたしめでたし、って内容。三つ巴なのもあってキャラが多くて雑然としてるし、やっぱり最初の作品だからこれいる? ってシーンもあるんだけど、全体の完成度としてはなかなかよくて――」

 途端に饒舌になる漫研部長に「あ、もう内容はわかりました、ありがとうございます」とサトルが止めに入る傍ら、カイは

「えーそれ絶対おもしろいやつじゃないですか!! 読みたい!!」

 と目を輝かせた。

 その言葉にシュンスケはますます顔をほころばせ、

「うん、ユウヤに伝えておくよ。カオルくんにいろいろ言われて落ち込んでたみたいだから、喜ぶと思う」

「ぜひ! お願いします! ……でもそのカオル先輩って人、なんでそれだけでそんな怒ったんですかね?」

 妖怪嫌いだったのかな? 俺は妖怪好きだけど、逆に嫌いな人がいても不思議じゃない……? カイはぶつぶつ呟きながら首を捻り、シュンスケはため息をついた。

「僕も普段そんなに彼と話すわけじゃないからね、たぶんなんだけど。カオルくんはユウヤに憧れてたんじゃないかな。憧れ……っていうか信仰というか妄信というか。同じ学年で描いてるジャンルも近いしね。『ユウヤにはこういう作品を描いてほしい』っていう、勝手な願望というか……そういうのがあったんじゃないかな」

「厄介オタクってことですか」

 途端に訳知り顔になるカイに「まあ平たく言うとそうだね」とシュンスケも首を縦に振る。ふたりが頷き合う中、サトルだけが眉をひそめた。

「――ってことは、直接カオルくんから理由を聞いたわけじゃないってことですか」

「あー……まあ、そうなるね。部内では基本おとなしいんだけど、やっぱり彼怖いからさぁ、なかなか話しづらくて……」

「そうですか……。ちなみに、このタイミングでお悩み相談部ウチに来たのにはなにか理由があるんですか? 放っておいても時間が解決してくれる可能性もあると思いますが」

 漫研部長は少しだけ身を縮めて、

「始めは僕もそう思ってたんだけど、もう三週間だよ。こんなに長期化すると思ってなくてね……。そろそろちゃんと仲直りさせないとまずいかなって思い始めたんだよ。ゴールデンウィークには合宿あるし、それまでになんとかさせたくて。せっかく新入生も入ってくれたのにさ、空気悪いからって辞めてほしくないし。個人的に、僕はユウヤを次期部長に推してるから面倒事を起こしてほしくないってのもあるけど……」

「ふむ、なるほど。事情は大体わかりました。合宿前に仲直りさせたい――となるとあまり時間はありませんね」

 正直に話すシュンスケにサトルは顎に手を当て頷いた。

 そして指を一本立てて、

「では、喧嘩仲裁の鉄則――『互いの話を聞く』からいきましょうか」

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