第4話Ep3.犬神薫/天野優羽也
数分後。シュンスケに連れられやってきたのは、赤茶色に髪を染めた目つきの悪い男子生徒だった。学ランの裾からシャツがびろびろとはみ出て、顔だけでなく服装までいかにも「不良」といった風貌だ。
(……この人これで漫研なんだ)
そう思った瞬間三白眼気味の眼でギロリと睨まれ、カイは小さく悲鳴を上げた。
「ひえっ」
「カオルくん、うちの後輩にガンつけるのやめてください? この子は無関係ですから」
「……チッ。マジで丸くなったんだなオメー。気持ちワリー」
悪態をつきながらカオルはどかっとサトルの正面に腰をおろした。サトルは目を細めて彼を見る。
「成長したんですよ。昔は黒歴史なので掘り返さないでくれます?」
「ハッ、彩樫中学の裏番サマがよく言うぜ。オマエに憧れてたヤツだって大勢いたのに、ジンゴの若様が来てからすっかりおとなしくなっちまった」
「むかしの話はやめろと言ったでしょうわんわん太郎くん」
「オマッ、なんでその名を――!?」
途端に顔が真っ赤になったカオルをサトルはニタニタとタチの悪い笑みで見つめた。
わんわん太郎というのは
「ぐあっ、部長オォォ……。ぐっ、しかしリーダーの判断は絶対……ッ!」
「呼ばれるの嫌ならどうしてそんなペンネームにしたんですかわんわん太郎くん」
「ぐぉっ、犬神なんて苗字じゃかっこよすぎて俺の画風と合わねンだよ……!」
(じゃあカオルだけにしたらいいのに)
「じゃあカオルだけにしたらいいのに……。わんわん太郎の方がおもしろいから僕はいいですけどね?」
「うわーーっ! みんなして同じこと言いやがって!! なんで決める前に言わねェンだよ! クソ、サトル、いまにオマエの澄ましたツラぼこぼこにしてやるからな!!」
(……この人結構おもしろいな?)
髪と同じような顔色で悶絶するカオルを見て、妙に冷静にカイは思った。たぶん、彼の最初の印象とのギャップが大きすぎて処理しきれていない。
サトルは楽しそうに、
「できるものならやってみなさい! 少しでも余計なこと言いふらしたら君の漫画知り合い中にバラまきますからね、わんわん太郎くん!!」
「うっ、それだけは! やめろ、やめてくれ!」
「ふははははは! どうせ僕も君も、この因習村から逃れられないんですよ!!」
「ぐあーーーーっ!」
(サトル先輩、完全に悪役じゃん)
芝居がかってはいるけど珍しく大きな声で笑う先輩を見てカイは思う。元ヤンも裏番もガチだったんだろうなと。
「元ヤンでも裏番でもないですけど」
「うわっ、急に冷静にならないでください!?」
驚くカイを見てまた満足そうに笑みを浮かべるサトルをカオルは睨みつけた。……三白眼気味のその目は涙目だ。
(かわいそー……)
「…………くそっ、ほんっっっとマジでテメェら性格悪いよな、派閥中そろいもそろって…………」
「なんのことやら。……それより、お遊びはここまでにして。そろそろ本題に入りましょうか? いまここにいる理由はわかってます?」
サトルはストン、と普段のあまり感情を感じさせない表情に戻る。カオルは数回大きな深呼吸を繰り返し、どうにか先ほどまでの動揺を落ち着けた。入ってきた時のような目つきの悪さに戻って話し出す。
「……アマノのことだろ。……チッ、確かにあの場で取り乱しちまったのは悪いと思ってるよ。けどあの内容は犬神の俺が許せるもんじゃねェ。オマエも読めばわかるよ。しかも描いたのは、仮にもむかしこっちの派閥の末席にいたヤツときたもんだ。俺と似たような立場のオマエならわかるだろ、サトル」
「……つまり内容が気に入らなかったと。それだけですか?」
「フンッ。それだけだよ、ワリィか」
「いえ……。しかしですね、カオルくん。君たちが喧嘩してから部内の空気が悪いと部長さんは困ってるみたいなんですよ」
「それは、まあ……部長に迷惑かけてんのは悪いとは思ってるよ」
視線を逸らしてゴニョゴニョと言うカオルの言葉にシュンスケの表情はパッと明るくなる。
「そうなんだ! じゃあ僕の顔を立ててユウヤと仲直りしてくれないかな?」
「いや、でも――それはできない」
カオルは顔を上げる。それはただの不良とはまた違う――なにか覚悟の決まったような表情で。
少しだけ小さい黒目に強い光を宿して宣言する。
「ワリィ、部長。漫研にいる以上部長の命令は絶対だ。けど、それ以上に――犬神の俺には
♢ ♦ ♢
テングウジ。
どこかで聞いた単語だ。
(どこだったっけ――。高校入ってからだったと思うんだけど)
記憶の海に飛び込んで、けれどなにもつかめないうちに生活指導室の扉がまた開く。
「初めまして、二年一組の
カオルと入れ違いでやってきた彼は、特徴を上げるのが難しいような平凡な顔立ちで――、けれど彼が漫画を描いていると聞いたら大抵の人が「やっぱり?」と返すような、そんな雰囲気があった。ここを出たらそのまま帰るつもりなのか肩から鞄を下げていて、右手はそのベルトをギュッと握りしめている。
緊張したまま腰かけた彼に、サトルは営業スマイルを浮かべて当たりさわりのないことから問いかける。
「初めましてユウヤくん、二年五組の
「あ、タメなんだ。うん、まだ平気。――だけど六時までには帰りたいかな。塾あって」
「へえ、塾。行ってるの火曜日だけですか? 僕もそろそろ行った方がいいかなとか思ってるんですけど、どこの塾行ってます?」
「学校近くの、広告出してるあそこ。俺はこの辺に住んでて行きやすいから行ってるけど、教え方は正直微妙……。なのにさ、いまは火曜だけだけど増えるかもしれなくて、はあ……。受験とか考えたくない……」
「ほんとですよね……」
「三年の僕の前でやめてよ、ユウヤ」
サトルはユウヤに合わせてため息をつき、シュンスケの言葉に笑い合った。ユウヤの表情がほぐれてきたのを見計らって話を進める。
「……ではユウヤくん、そろそろカオルくんとの間にあったことを聞かせてもらっても?」
「ってか、タメ語でいいよ、同い年なんだし」
「ああすみません、この喋り方はもう癖で、すぐには直らないんですよね。――で、なにがありました?」
「タメ語でいいよ」と言ったのは、まるで答えを先延ばしにするためだったみたいに――ユウヤは片方の手で自分の二の腕を掴んで下を向いた。
「……う~ん。あったこと、って言われても……」
そして途切れ途切れに話し出す。
「俺の漫画を読んだあいつが一方的に怒ってきて……。なにがなんだか……」
「どうしてカオルくんが怒ったのか、心当たりはありませんか?」
「……うん。あいつすぐ喧嘩とかしてるみたいだし、たまたま虫の居所悪かったんじゃないの」
「――本当に?」
サトルは両手の指先を合わせて目を細める。その視線にユウヤは小さく顔を背けた。
少しだけ沈黙が流れ、けれど彼がなにも言わないうちにサトルは頷いた。
「――ふむ。ま、カオルくんは確かに短気ですからね、その可能性もあるでしょう。……では、ひとつ気になってたんですが、その漫画を取り下げたのはなぜですか? 自分の作品に悪いところがないなら堂々としてればいいのでは?」
「それは……」
ユウヤは視線を逸らしたまま、
「だって、また因縁つけられたりしたら面倒だろ。イヌガミのやつ、燃やせだなんだって言ってきて……絶対処分しろってうるさかったし」
「カオルくんがうるさそうだから、それだけですか?」
「あとは、まあ……恥ずかしくなってきたというか……。最初の作品だからいま見るとイマイチだし、バトルもの描いたのもあれっきりでいま描いてるのと全然違うし……」
「え、そんなことないよ! 初めての漫画であれだけ描けるのすごいって! そりゃあいまのユウヤの作品と比べたら画風違うにしても絵下手だしアクションシーン全然描けてないし一陣営全然出てこなくて三つ巴にした意味ある? って感じだったけど、初めてなんてそんなもんじゃん? 自信持っていいよ!」
「そうですよ! その妖怪バトル漫画、俺も読んでみたいです!」
シュンスケが横から言ってカイもそれに続いたが――、ユウヤは一段とゲッソリした顔になる。
「ちょっと、いま……。部長の的確な指摘で心をやられました……」
「あー……。ごめん」
ふたりに軽く咳払いして、サトルが続きを話し出す。
「僕もその妖怪バトル漫画の内容、気になってるんですよ。見せてもらっても?」
「んっと……もう家に置いちゃってるから。いまは持ってないんだよね」
「――本当に?」
「……本当だよ」
再び目を細めるサトルからユウヤは視線を逸らす。先ほども見た光景に、シュンスケはおどけたように口を挟んだ。
「サトルくん、疑いすぎじゃない? うちのユウヤは嘘つかないよ」
「これは失礼しました。――ところで、おふたりは『火曜日の
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