第4話Ep4.Who?

「一年生の一部の間でこの噂が流行ってるんですよ。近くの公園――天宮寺中央公園で、火曜日の夜中になると鬼火、いえ、能力者でしたっけ? ともかく火が見えると」

「初耳だけど……。それがどうしたの?」

 シュンスケは首を傾げたが――その隣に座るユウヤはますます下を向いて身体を縮こまらせた。

 その様子にサトルは小さくため息をつく。

「その能力者の正体はきみですね? ユウヤくん」

「え……」

 思わずそう言ったのはカイだ。

「鬼火じゃないんですか?」

「本気で言ってるんですか????」

 白い目を向けられ口を尖らせる。

「だって、クラスのやつが言ってたんですよ! 『近づいたら誰もいないのに声が聞こえた』とか! 遠目で火だけ見たならまだしも、近づいても誰もいなかったんですよ? これはもう完全に怨霊の仕業じゃないですか! ユウヤ先輩は生きてるんですよ!?」

「生きてるんですよ、って……」

 なに言ってるんですかと呟きサトルはトントンと指先で机を叩く。

「三週間前、入学式の日にカオルくんと喧嘩したきみは、作品を燃やせと言われそれを真に受けてしまった。そして翌日、塾の帰りに公園に寄って本当にそれを燃やそうとした。けれど踏ん切りがつかず結局火をつけることなく持ち帰り――、翌週も同じことをした。そして先週、ついに火をつけたけど……その途端に人が来てしまい、慌てて『近づくな』と言ってすぐに火を消した。通報でもされたら大変ですもんね」

「あ、人が来たって――」

 カイの言葉にサトルは頷いた。

「そうです、きみのお友達です。その彼曰く、『毎週火曜日になると火が見える』だそうで。一年生の彼が予備校に行き始めたのはここ一ヶ月程度の話でしょう。『いつから』という情報が抜けているのが気になっていたけれど、『最初から』なら辻褄も合う」

 そう言って言葉を切り、当の本人に視線を向ける。

 ユウヤはビクリと身体を震わせた。

「ちょうどきみがカオルくんと喧嘩してからの時期と一致しますね、ユウヤくん。公園の不審火の噂がもう少し前からあれば、さすがに僕の耳にも届いているはずですし。だからきみが『火曜日の発火能力者パイロキネシス』だ。……というのが僕の考えですが、どうでしょうか、ユウヤくん」

 ユウヤは答えない。ただじっと唇を噛んで俯いていて、代わりにシュンスケが庇うように喋り出した。カイも勢いよくそれに続く。

「いやいや待ってよ、サトルくん。いまのはほとんどきみの想像でしょ? それだけでユウヤを、火曜日の、なんだっけ? ともかくその噂の犯人にしないでくれるかな」

「そうですよ、先輩! それにクラスのやつは誰もいなかったって言ってるんですよ! ユウヤ先輩がいたなら『人がいた』っていうはずじゃないですか!」

「はあ……。じゃあカイくんの疑問から」

 サトルはカイの方を向いて指を一本立てる。

「理由は二種類考えられますね。ひとつ目は単に、そのお友達が人影に気付かなかった場合。物を燃やすとなれば当然自分に燃え移らないように離れますし、『公園の隅』となれば設置してある街灯の光も届かなかったのでしょう。それと――違っていたら申し訳ないんですが、ユウヤくんのお家って、以前全体連絡のあった通り抜け禁止の看板出してるとこじゃないですよね?」

「あ、うん、そこ……」

「ああ、やっぱり……。あそこも天野だったから、もしかしたらと思ったんですよね」

 頷くサトルを見てカイは思い出した。

 以前、部活の一環でサトル先輩と一緒にとある抜け道へ行ったことがある。そこは私有地で、運悪く土地の所有者――ユウヤ先輩の祖父だろうか――に見つかってしまい、その時に言われたのだ。

 「天宮寺様に伝えておくからな」、と。

「学校から家までのルート上にきみの通う塾と例の公園はありますから……。となれば、学校から直接塾に行ってそのまま公園に寄った時、着ているのはこの真っ黒な学ラン。暗闇に溶けこんで相当視認性は低いでしょう」

「……でも、火はあるわけじゃないですか。それに照らされるんだから、気付かないなんて……」

「ライターやマッチの火は小さいし、紙を数枚燃やす程度の炎の大きさなんてたかがしれてますよ。――それか、もうひとつ考えられることとして」

 サトルはなんとか捻りだしたカイの反論を一蹴し、それから指をもう一本立てて薄く笑った。

「彼は人影に気付いていたけど、あえてきみに言わなかった」

「――え」

 カイの動きが一瞬止まる。それから大慌てで、

「え、じゃあアイツが嘘ついてたってことですか!? なんで!?」

「なんでって、そりゃあきみ、『見回したら人がいた』より、『周囲には誰もいなかった』の方が、話としておもしろいでしょう。オカルト好きな人間に話すのならなおのこと」

「え~~~~。なんか俺、騙された気分……」

 ガックリと肩を下ろすカイを横目に、サトルは漫画研究部のふたりに向き直った。

「以上が僕の考えですが――確かにシュンスケ先輩が言うように、ただの想像にすぎません。ですが、僕の考えが合っているのか間違っているのか――簡単に証明する方法がひとつだけあるんですよね」

「それはなにかな?」

 シュンスケの問いかけにサトルはユウヤを――ユウヤが肩から下げている鞄をじっと見た。

「ユウヤくんの鞄の中身、それを見せてもらえれば。幸い今日は火曜日ですし。鞄になにもなければ僕の考えが間違っていた、もし焦げ付いた漫画やライターがあれば――、きみが『火曜日の発火能力者パイロキネシス』だ」

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