第4話Ep5.Why?
ユウヤはギュッと鞄を握りしめた。その姿にサトルは、
「一応言っておくと」
と眉を下げた。
「別に、もしきみが『火曜日の
「……その」
「はい」
ユウヤの小さな声に言葉を止める。
彼は下を向いたまま、鞄を握りしめて訥々と言葉を絞り出した。
「火曜日のナントカっていうのは知らないけど……全部きみの言った通りだよ、サトル。俺はイヌガミと喧嘩してからずっと、塾の帰りにあの公園に寄ってこの漫画を燃やそうと考えてた……。でも、その……それで、結局燃やしちゃったから、いまはもうないんだ」
「それは嘘ですね」
サトルは間髪入れずに言って目を細めた。
「もうないなら僕が見たいと言った時点で、『家に置いてきた』なんて言わずにそう言えばいい。それにいま、『この漫画』と言いましたね。『あの漫画』ではなく。自分の手元にないとそんな言い回しはしませんよ」
「…………」
「そんな嘘をついてまで見せたくない……。いや、漫研では公開していたのだから――もしかして、僕に見られたくないんですか? 僕が
ユウヤは答えない。カイとシュンスケがどういうことだろうと顔を見合わせる中、サトルだけが大きく頷いた。
「はあ、天宮寺の末席だったって本当だったんですね。…………そちらさんの事情はわかりませんが。結局、どこにも公開していない趣味レベルの漫画でしょう。どんな内容でも、それを燃やせだなんだと言うほどウチは不寛容ではありませんよ」
「…………本当に?」
「ええ、本当です」
サトルの言葉にユウヤは一度唇を噛み、それから――、ゆっくりと鞄からクリアファイルを取り出した。
中に入っているのは漫画が描かれたコピー用紙の束。そしてそれは――、一部が茶色く焼け焦げていた。
「
「はい、ありがとうございます。――ちょっと読みますね」
訥々と話すユウヤから漫画を受け取る。それを自分とカイの間に置いて、サトルはページをめくりだした。ふたりは一緒に漫画を読み進めていく。
それは概ねシュンスケが言ったような内容だった。
平凡な主人公の前に、ある日、自分は妖怪・クダンだと名乗る子どもが現れる。天狗の一族たちが人間を消し去って妖怪だけの世界を作ろうとしているが、自分たちは人間の力がないと生きていけない弱い妖怪だから助けてほしいと。それを承知した主人公はクダンと協力し、時折中立派の森の妖怪たちの力も借りながら天狗たちと戦い、最終的に彼らを打ち負かす――という、少年漫画のような内容。
(たしかにシュンスケ先輩が言ったみたいにそんなにおもしろくはないけど……。カオル先輩はこれのなにが気に入らなかったんだろう?)
「――ああ。なるほどね」
「サトル先輩、なにかわかったんですか? 別にこれ、そんなキレるような内容じゃなくないですか? その、派閥? っていうのが関係してるんですか?」
立て続けに問いかけるカイに、
「その通りです」
とサトルは小さくため息をついた。
「そうですね、普通の人はこの内容で怒ったりしないでしょう。でもカオルくんが怒るには十分だ。――彼は犬神だから」
「? どういうことですか?」
カイがキョトンとする横でサトルは広げた漫画を集め、トントンと端を整えた。それをまたファイルに仕舞いながら、
「カイくんやシュンスケ先輩がわからないのは無理もありませんよ。でも、派閥の話を聞いていたきみには想像がついているんじゃないですか、ユウヤくん」
「でも、まさか、あんなに怒ると思わなくて――っ」
「ちょっと、どういうことなんだいサトルくん」
ユウヤはますます身体を縮こまらせて下を向き、代わりにシュンスケが問いかける。サトルは「さて、どう説明したものか……」と顎に手を当てた。
「……この辺りには昔から、伝説と言うか、言い伝えみたいなのがあるんですよ。ユウヤくんの描いた漫画みたいに、みっつの派閥の妖怪が住んで争っていたっていう」
「……ユウヤが盗作したって言いたいのかな? でもそのレベルなら著作権はないし、ユウヤの作品だって、きみが言ったようにどこにも発表してない趣味みたいなものだから――」
「いえいえ、そうではなく。――その中のひとつ、天狗の血を引いているとされるのがいまの天宮寺家です。そして天宮寺派閥の中でも、最も彼らに忠実な勢力のひとつが犬神家。だからまあ、なんて言うか……」
この漫画の中で天狗たちが悪者扱いされて負けてるのが許せなかったんでしょうね、カオルくんは。
サトルは大きなため息と共にそう言った。
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