第7話Ep2.文車妖妃/オカルト研究会
五月二十七日、金曜日。
昼休み、十二時十分。一般棟、一年十組。
「――で? 続きは? その眼鏡先輩とはどうなったの?」
前の席の
エミリは高校で一番最初にできた友達だ。席が前後だったのも名前が似ているのもあるけれど、一番はエミリの明るく物怖じせずに話しかけてくる性格だと思う。
自分と同じような癖っ毛は大胆なベリーショート。その下の表情はいつも勝気で自信に溢れている。名前は似ているけれど、臆病な自分とは似ても似つかない。
そのぐいぐい来る性格に随分助けられたと思う反面、反応に困る時もある。
「どうって……別にもう何もないよ。ちゃんと話したのその時だけだし、たまに図書室で顔合わせることもあるけど、別に喋らないもん」
「ちぇー。つまんなー。エミの惚気話でも聞けるかと思ったのに」
「惚気話って……。第一付き合ってもないよ」
「告れば?」
真顔で言うエミリの言葉に、思わず飲んでいたお茶を詰まらせる。
「ゲホッ! ゲホゲホゲホ……。うぅ、エミリちゃんがヘンなこと言うからヘンなとこにお茶入った……」
「ごめんて。でもさ、それが五月の始めの話でしょ? 一ヶ月近く経ってそんな話するってことは、嬉しい報告でもあるのかなーって思うじゃん? 華のJKなんだし。彼氏とか彼氏とか彼氏とか、ほしいじゃん?」
「エミリちゃんそればっかり……」
「そりゃそーだよ。逆にエミはその眼鏡先輩と付き合いたいとか思わないの?」
薄く微笑んだ彼の姿が脳裏に浮かぶ。けれどエミは首を振って、
「いや……確かにかっこいいとは思ったよ? でも、その人のこと何も知らないし……。付き合うとか、そういうのは全然わかんないよ」
「かっこいいならもうそれだけでよくない? とりあえず告って、ダメだったら次行って、運よくオッケーならそれからお互いのこと知ればいいじゃん」
「私そんなメンタル強くないよぉ……」
エミリちゃんはすごいなぁ、なんて思いながらそう言ったエミの顔を、当の彼女は下からニヤニヤと覗き込んでくる。
「でもさっき私が『眼鏡先輩と付き合いたくないの』って聞いた時、エミめっちゃニヤニヤしてたよ? 恋する乙女の顔だったよ?」
「……嘘」
「ホント」
「~~~~~~!!」
エミは頬に両手を当ててモジモジと首を振り、その様子にエミリはケラケラと笑い声を立てた。
「はっはっは。青春ですなあ」
「――いや違うから! 違うから、エミリちゃん! 今日その話をしたのはね、ついでだから、ついで! 別の話があるんだよ!」
「ほほう? 愛しの眼鏡先輩より大事な話があると?」
「愛しとか、やめてって! もう!」
腕を組んで完全にむくれた友人にエミリは笑いながら謝った。エミはしぶしぶといった様子で腕をほどいて、
「さっきの話で、本を借りに来た人がいたでしょ?」
「ああ。いたかもね。その人に告られた?」
「だからそういう話じゃないって! ――オホン。その人がね。毎回同じ本を借りていくの」
「ふぅん? 読み終わらなかったんじゃないの? それか、めちゃくちゃおもしろくて何度も読みたいとか?」
途端に興味をなくしたエミリの反応にいやいやと指を振る。
「それがね、違うの。その人、大体昼に二、三冊借りて、その日の放課後にはもう返すの。ほら、この時点でおかしいでしょ? 絶対読んでないよ。なのにまた次の日とか何日か後に同じ本借りるんだよ。貸し出し期間は二週間なんだからさ、二週間経ってまた延長とかまた借りるならまだわかるけど……」
「ほう。それはちょっと、おかしいかもね。ていうか今さらだけど、今日は図書委員いいの?」
「でしょでしょ。今日はシフトじゃないから平気。でね、それを委員長さんにも話したことがあるの。『あの人いつも同じ本借りてますね』って。そしたらね」
「そしたら?」
エミリが先を促し、エミは昨日のことを思い出した。
♢ ♦ ♢
五月二十六日、木曜日。
放課後、十六時四十五分。職員棟、図書室。
「大阪経由17時10分の死者」と「公園で逢いましょう。」を返却した例の男子生徒が立ち去ってから、
「あの人、いつも昼休みに同じ本借りて放課後には返してますよね。なんなんでしょうか……?」
エミは委員長におずおずと話しかけた。
おすすめコーナーの本を「海の大図鑑」から「世界で一番美しい元素図鑑」に変えていたレナは顔を上げた。エミの顔を見てにこりと微笑む。その顔にはどこか含みがあった。
「そうだね。その通りだ」
「委員長、なにか知っているんですか?」
「ああ。そうだね……ヒントは『文車妖妃』だ」
「フグルマヨウヒ??」
目を白黒させるエミに、
「サトルくんにも聞いてみたまえ。きっと面白くなるよ。彼はこういうのが得意だから。……さて、今日は悪いが失礼させてもらおう。図書委員の業務はもう大丈夫だね?」
「あ、はい。……何か用事あるんですか?」
「ああ、文芸部の方でね。ファッションショーに演劇部が出るんだが、その台本を文芸部が書くというのが恒例になっていてね。今日は文芸部一同、その稽古に呼ばれているんだ。部長としては外すわけにはいかなくてな」
「演劇部…………」
エミは考え込むように俯き、レナは首を傾げた。長い髪がサラリと揺れる。
「エミちゃん、演劇部に興味が?」
「いえっ、演劇部あったんだと思って。それだけです。お疲れ様です!」
「あはは、そうだね、この学校は部活の数がとても多いからね。じゃあお疲れ」
髪をなびかせ、軽く手を振りながら委員長は去って行った。
♢ ♦ ♢
「――それさぁ。絶対委員長もエミと眼鏡先輩くっつけようとしてるよね」
「もう、だからそんなんじゃないってば!」
事の顛末を聞き呆れたように言う友人に思わず大きな声が出る。今まで自分のことは「内気でおとなしい性格」と思っていたけれど、少々修正の必要があるかもしれない。
「――じゃなくて。帰ってから委員長が言ってた文車妖妃っていうのを調べてみたんだけど」
「うん、なんだったの」
エミはすぐに気を取り直し、スマホを操作して「文車妖妃」の検索結果を見せた。エミリもまったく気にしていないようにそれを読み上げる。
「『文車とは書物を運ぶために使用されていた車のこと。文車妖妃は古い恋文にこもった怨念や情念などが変化した妖怪』。――え、どういうこと?」
「そう、文車妖妃が妖怪だってことはわかったんだけどね、そこから先がさっぱり。委員長は何が言いたかったんだろう……?」
エミとエミリは揃って首を傾げた。
ふたりで唸って、それからエミリは「あっ!」と手を叩いた。
「部活の友達が言ってたんだけどさ!」
「ミュージカル部の?」
「そう。その子三組なんだけどね、同じクラスにオカルト研究会作ろうとしてる男子がいるんだって。なんか、昔から妖怪とか好きでそういうの好きなメンバー探してるって。そいつに聞いたらなんかわかるんじゃない? 絶対詳しそうじゃん」
「それいいかも。なんて子なの?」
「さあ。名前まで覚えてないや。でも行けばわかるっしょ! エミ行こう!」
「え、いま!?」
「当ったり前じゃん、まだ昼休みの時間あるし! ほら、早く早く!」
「わ、エミリちゃん、待ってよぉ」
エミリに急かされ、エミは慌てて弁当を片付け彼女の背を追いかけた。
♢ ♦ ♢
五月二十七日、金曜日。
昼休み、十二時三十分。一般棟廊下。
「え、もしかして入部希望!?」
エミリの友人を通して呼び出されたのは身体の大きな男子生徒だった。ついでに声も大きい。オカルト研究会と聞いてなんとなく大人しい生徒を予想していたエミは、思わず半歩下がってエミリの後ろに隠れた。
「ちょっと、エミ、私を盾にしないでよ」
「うぅ、ごめん……。びっくりしちゃって。えっと、十組の
「付き添いの
「あ、はじめまして、
ぺこぺことお辞儀をし合う。どうやらこの男子生徒、見た目ほど体育会系というわけでもないようだ。
「えっと、オカルト研究会について聞きたいって聞いたんだけど。入部希望ってことでいいかな!?」
けれど彼の嬉しそうな様子は変わらない。弾んだ声で言われてエミは眉を下げた。伝言ゲームに失敗している。
(うぅ、断るのニガテ……。でも、今はエミリちゃんもいるし……)
「えっと……、ごめん。入部希望じゃないです……。その、聞きたいことがあって……」
「あ、そうなんだ。そうだよね……」
歯切れの悪い言葉にたちまちカイの表情が沈む。
エミは祖父母の家で飼っていた犬を思い出した。サラダ用にささみを茹でていると自分のおやつと思って大はしゃぎして、それが人間用だとわかるとこんな顔をしたものだ。
しかし彼はすぐに気を取り直して、
「で、聞きたいことって?」
犬、ではなくカイの台詞にエミは慌てて彼を呼び出した理由を話し出した。
カイはふんふんと頷きながら聞いて、けれど結局最後には首を傾げた。
「文車妖妃は調べてくれたみたいに恋文に関連する妖怪だけど……。結局その話とどう繋がるのかよくわからないよね。鳥山石燕の創作とかそっちの話をしたいのかな……?」
「やっぱりわからないかぁ。ごめんね、こんなよくわからない話に時間取らせちゃって……」
「あ、でも!」
カイはまた顔を輝かせた。エミの頭の中に「散歩!」と言った時の犬の顔が浮かぶ。
「俺、お悩み相談部って部活にも入ってるんだけどさ! その先輩がすごいの! 話聞いただけでなんでも解決しちゃってさ。俺から話通しておくから、よかったら放課後そっちに来てよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます