第7話 文車妖妃と図書委員

第7話Ep1.図書委員

 五月二日、月曜日。

 昼休み、十二時十五分。職員棟、図書室。



 二梢フショウ絵未エミは完全にフリーズしたまま、どうにか口だけ動かした。


「あ、あの……」


 しかしそこから先が出てこない。目の前の男子生徒は首を傾げ、

「? これ、貸し出ししてほしいんだけど……?」


 自分は図書委員だ、だから彼がそう言うのはなにも間違っていない。間違ってはいない、のだけれども。


(どうしよう、貸し出しの仕方わからない……!)


 エミがこの彩樫高等学校に入学したのが約一ヶ月前、図書委員になったのがその数日後。自分たちは五月担当となり今日がその初日だった。委員長は「私と司書の先生は基本的にいつもいるから、機械の操作方法はその都度教えよう」と言っていたのだが。


(委員長さん来ないし~! 司書の先生も入れ違いでどっか行っちゃった……。どうしよう、誰か来るまで待ってもらうしか……。でも急いでたら……)


 人と喋るのは苦手だ。

 ましてや知らない人なんて。

 断る、なんてなったら尚の事。


 ぐるぐると思考だけが巡り、言葉はひとつも出てこない。その代わりに冷や汗だけがダラダラと背中を流れていく。

 ……たぶん、実際に流れた時間はほんの数秒だ。けれど体感で数万年もの時間が流れ、そのまま朽ち果てるかと思われた時。


「貸し出しですか?」


 爽やかな声がその流れを断ち切った。


 声の主は金縁の眼鏡をかけた男子生徒だった。声と同じように爽やかな黒髪が歩くたびにサラリと揺れる。そのまま彼はカウンターの内側、つまりエミの隣に立った。

 今入ってきた生徒と本を借りようとしていた生徒は知り合いだったのだろうか。「おや」という顔で軽く会釈し合って、それから隣の彼はバーコードリーダーを手に取った。

 距離が縮まる。エミは無意識にどきどきと両手を合わせた。


「あー、うん。貸し出し。お願いできるかな」

「はい。『コンビニたそがれ堂』……『寝台特急18時56分の死角』……。以上二冊ですね。返却期限は二週間後です。ありがとうございました」


 言葉とともに慣れた様子でバーコードを読み取り、その二冊を手渡す。受け取った男子生徒が立ち去ると彼は自分の方を見た。大きな丸眼鏡の奥の、涼し気な瞳と目が合う。


「一年生ですか? まだ処理の仕方、教わってないですか?」

「あ……ひゃい!」


 噛んだ。それに声が裏返った。

 彼はその様子に薄っすらと微笑んで、


「じゃあやり方教えますね。ここに各クラスの生徒のバーコードがあるから、まず自分のを見つけてもらって……」


 淡々と作業を説明の彼の横顔を、エミはぽうっと眺めていた。



「――ということがありまして。その人に一通り処理の仕方は教えてもらいました……!」


 その後「悪いね、先生に質問をしていたら遅くなってしまった。大丈夫だったかい?」と言いながら入ってきた図書委員長に、エミはたどたどしく先ほどのことを説明した。

 カチカチとカウンターのパソコンを操作しながら聞いていた彼女は軽く息を吐き、


「そうか、それはよかった。私からも後で礼を言っておきたいが――名前はわかるかな?」


 カウンター横の「図書委員のおすすめ」コーナーへ向かいながら問いかけた。

 エミは慌てて首を振る。


「そう言えば聞いてないです……。あ、でも。眼鏡かけてました!」

「……悪いね、図書委員の眼鏡率は八割を超えるんだ。私も例に漏れず、だが」


 「日本の火山」をおすすめコーナーに置き、そう言って図書委員長――三年九組鷲尾ワシオ玲奈レナは楕円形の眼鏡の弦を押し上げた。

 その言葉にエミは「ええと……」と唸りながら自分の長い癖っ毛を引っ張った。考え事をしているときの癖だ。あの人はサラサラで羨ましいな、なんて考えて、「あ!」とまた声を上げる。


「男子なのに髪の毛すごいサラサラで……。モデルさんとか俳優さんみたいにかっこよかったです……!」


 言いながら思わず自分の頬に手を当て俯いた。触った頬はいつもより熱い。

 レナはその様子を穏やかに見つめ、


「……その彼の眼鏡というのは、金色の大きい丸眼鏡じゃなかったかな? それで、制服の上着を着てボタンまで全部閉めていた?」

「あ、はい! 金色でした。制服までは、ちょっと、覚えてないけど……」

「じゃあサトルくんかな。彼は……五組だったかな」


 カウンターに戻り、二年五組の生徒バーコードの束を手に取り捲り始めた。何をするんだろうと首を傾げるエミに、


「このバーコードはね、各生徒の貸し出し・返却履歴も見れるんだよ。乱用はよくないけれど……まあ今回くらいいいだろう。君の話だと彼はその後本を返却したんだろう? ……うん、五分ほど前に返却履歴があるね。間違いない、君にやり方を教えてくれたのは二年の問間トイマサトルくんだよ」

「トイマ、サトル……先輩」


 彼は去年も一年間図書委員だったから、業務はすべて把握している。図書室にもよく来るし、何かわからないことがあれば彼に聞いてもいいだろう。

 委員長の言葉に頷きながら、エミは彼が微笑んだ顔を思い出していた。



――――――――

作者コメント


 お読みいただきありがとうございます。第7話全10Ep+1Ep、12月11日まで毎日17:45更新です。最後までお付き合いいただけると幸いです。

 ちなみに本を借りた生徒は1に出てきてるのでよかったら探してみてください→ https://kakuyomu.jp/works/16817330659124257742

答えはEp.3で!

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