第20話:種族は関係ない

温泉の村を出て5日。山賊や魔獣に襲われる事はなかったが、馬車で揺られ過ぎてケツが爆発するかと思った。長旅をする時はクッションみたいなのが必要だな。

そして今日はブリジット領に入った。イグーナがいる場所は奇病が移ってはいけないという事で実家の屋敷ではないらしい。という訳で今は近くの町からケツが痛いのを我慢しながら歩いている。


「お姉さんがいる場所は何処なんだ?」


「友好の蔵の近くの小屋よ」


「って事はエルフの森の近くか?」


「ええ。エルフの森の目と鼻の先にあるわ」


エルフの森に近い・・・やはり呪いの線が濃厚だな。


「・・・お姉さんの病気はいつ発症したんだ?」


「半年前ぐらいよ。友好の蔵で急に倒れたの。そのまま小屋に運ばれて・・・病気が移ったらいけないからって屋敷に帰れないの。信じられる?看病してるメイドも町から通ってるのよ?」


もしかして屋敷に移したら呪いの原因が遠くなるので治る?いや、もう発症してるから無理か。症状は薄まるかもしれないが、やはり原因を潰さないとダメだろうな。


「隔離されてるって事か・・・それはちょっとヒドイな」


言葉ではそう言ったが、治し方が分からない奇病だ。致し方ないのかもしれない。


「誰にも移ってないのにあんまりだわ」



--イグーナの小屋


イグーナの小屋は町から歩いて30分ぐらいの所にあった。

小屋は簡素な作りで簡単に忍びこめそうだ。山賊などの輩には格好の餌食になる場所だが、貴族の娘で奇病にかかっている。攫ったとしても身代金も期待出来ない。

メリットよりデメリットが大きすぎるので誰も手は出して来ないんだろう。


アーシャが鍵を開けて小屋の中に入るとベッドとテーブルだけの簡素な部屋があった。


「お姉様!」


ベッドの上には身体の節々が灰色になっているイグーナがいた。

髪はアーシャと同じ赤い髪で綺麗な顔立ちをしている。どことなくアーシャにも似てて、腹違いの兄弟という事も頷ける。違うところは耳が少し長いというところだ。


「・・・アーシャ?」


「うん。私よ。帰ってきたわ」


「ふふっ。お帰りなさい」


「ただいま」


思ったより元気そうなイグーナ。声は弱弱しいが意識もハッキリしている。

皮膚はところどころ石化はしているが、少し動くことぐらいは出来そうだ。


「あら?そちらの方は?」


「彼はアルハート男爵のご子息で、同じ学年のエランよ」


「はじめまして。エラン・アルハートと申します。いつもアーシャさんにはお世話になっております」


お世話をしているのは俺だが、ここは大人としての振る舞いをしてみた。


「あらあら。それはどうもご丁寧に。私はアーシャの姉。イグーナ・ブリジットと申します。こんな格好でごめんなさいね」


「いえいえ。アーシャさんから事情はお伺いしています。どうかお気になさらずに」


「ふふっ。紳士で丁寧な方ね。アーシャの彼とは思えないわ」


「え?ちょ!違うわよお姉様!アルハートはそんなのじゃないわ!」


「あら?そうなの?こんな所に2人で来るから私はてっきりそうだと思ったのに」


「そんな訳ないでしょう?私は貴族の娘で風紀委員なのよ?異性とお付き合いなんて出来る訳ないでしょ?」


「ふふっ。冗談よ。アーシャはすぐにムキになるんだから」


「もうっ!お姉様ったらすぐにからかうんだもの」


2人は本当に仲の良い姉妹なんだなと思った。

そんなやり取りを見ながら俺は唯一自分の味方をしてくれていた2人目の兄を思い出していた。


「あっ!そんな事よりお姉様!病気に効くかもしれない薬草を持って来たの!」


「ありがとう。でも私はもう・・・」


「そんな事言わないで!今水を汲んでくるから待ってて」


アーシャはそう言うと外の井戸に水を汲みに行った。



「エランさん・・・だったわね?」


「あ。はい」


「ごめんなさいね。妹のわがままに付き合ってもらって」


「・・・いや。その。違うんです」


「そうなの?」


俺はイグーナにこれまでの経緯を簡単に説明した。


「そうだったの・・・じゃあ尚更申し訳ないわ。今の私じゃ友好の蔵は開けないし、私の病気はきっと治らないから」


下を向きながら悲しそうに語るイグーナ。

彼女はもう治す事を諦めているのかもしれない。


「・・・その事についてなんですが、少しお聞きしたい事がありまして」


イグーナはキョトンと首をかしげた。

と。そのタイミングでアーシャが戻って来た。

出来ればアーシャがいない所で話したいな。うーむ。


「水を汲んできたわ。アルハート。調合をお願い出来る?」


「あぁ。分かった」


俺は授業でやっている通りに薬草の調合を始めた。

いつもやっているのでお手の物だ。


「エランさん。手際がいいわね」


「アルハートは薬学を専攻しているの」


「それは素敵ね・・・アーシャはダンスの授業を取っているの?」


「うん。お姉様が褒めてくれたからもっと上手になろうと思って・・・新しいダンスも覚えたわ」


へぇ。ダンスの授業取ってたのか。意外だな。


「ふふっ。後で見せてくれる?」


「もちろんよ。今からでもいいわ」


「・・・アーシャ。お父様にはお会いしてきたの?」


「ううん。お姉様をこんな所に置いているお父様になんて会いたくないわ」


「それはダメよ。帰ってるのに顔を出さないなんて。今からでも行ってらっしゃい」


「え?でも・・・」


「今から行けば夕方には帰って来れるでしょ?薬草はエランさんにお願いして行ってきなさい」


「はぁ~。分かったわ・・・アルハート。お姉様に変な事したらタダじゃおかないわよ?」


「する訳ないだろ」


俺を何だと思ってるんだ。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」


「うん。気を付けてね」


アーシャはそう言うと実家の屋敷に向かって行った。



「ふぅ。これでお話しが出来そうね?」


イグーナは俺の心境を察してくれたらしい。


「イグーナさん。察してくれたんですね」


「ふふっ。エランさんの顔を見てたらアーシャがいたら話づらいんだろうなぁと思って」


「さすがです・・・別に秘密という訳ではないんですが、アーシャさんがいたら怒るかもしれないんで」


「どんなお話しかしら?」


「そうですね・・・まずは大前提にこいつの話をしなければいけません」


俺はそう言うとシルバの事を指さした。


「あら?さっきから気にはなっていたのだけど、その大人しいワンちゃん?」


俺はシルバの事を簡単に説明した。


「へぇ。そんな事もあるのね。良いわね。楽しそう」


「信じてくれるんですか?」


「そうね・・・意思疎通が出来るって事よね?じゃあその場で宙返りなんて出来るかしら?」


(シルバ。宙返りをしろ)


(む?急になんだそれは?)


(バク転だよ。バク転)


(小僧・・・我は後で美味い物を所望する)


(分かった分かった。いいから早く)


シルバは不満そうだったが、渋々その場で宙返りをした。


「あはっ。可愛いわね」


俺も犬の宙返りを見たのは初めてだ。犬じゃないけど。


「どうやら本当みたいね。喋ってないのにこんな事が出来るなんて」


「信じてくれましたか?」


「ええ。充分よ。こんなの見た事も聞いた事もないもの」


「良かった。では話を続けますね」



俺はダークエルフや呪いの事を話した。


「ダークエルフ?聞いた事がないわね」


やっぱりか。


「・・・失礼ですが、エルフの誰かに恨まれるような事は?」


とても誰かに恨まれるような人物には見えないがこれを聞かないと始まらない。


「・・・もしかしてハーネスかしら?」


「ハーネス?」


「昔、仲が良かった幼馴染みのエルフがいたの。その子と将来結婚しようって言ってたんだけど」


「・・・ん?貴族の跡継ぎがそんな事を勝手に決めて大丈夫なんですか?」


「ううん。むしろ応援されていたわ。エルフとの友好の証にもなるって」


「なるほど」


「でも・・・大きくなるにつれて何だか私が嫌になっちゃって断ったの」


「ほう・・・それはどうして?」


「えっと・・・」


イグーナは話すのを躊躇っていた。

何か言いにくい事なのだろうか?


「ハーネスったら・・・話もそっちのけで、ずっと私のむ、胸ばかり見てくるんだもの。それがその・・・気持ち悪くなっちゃって」


「ぇ・・・・・・・・・」


(む?どうした?小僧?時が止まっておるぞ?)


(・・・乳は種族に関係ないって事を考えてた)


(ガッハッハ!ようやく小僧も真理にたどり着いたか)


(・・・・・・・・・・)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

没落女神はモブにも縋る シロライオン @siroraion7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ