12-3「ハリボテの傀儡(うつわ)」(8P)




 

 翌日。

 朝の9時を回る頃。

 エルヴィスは靴音も激しくビスティーを目指していた。



 朝も早くに屋敷を後にし、街の橋が降りるのを待ちわび、馬を置いて今である。 

 


彼は今年26だが、橋の開通を順番待ちする日が来るなど、思いもしなかった。


 




 チェシャー通りの店主たちが、起き抜けの空気を醸し出す中、彼は足早に総合服飾工房オール・ドレッサービスティーを目指す。

 





 結局、あの後ろくに眠れなかった。



 気持ちを整理するために

 文字にして書きこぼしても

 気のせいであると、言い聞かせても



 睡魔は、彼を迎えに来てはくれなかった。




 ミリアの声も言葉も、あの瞬間は良かったが

 そのあとは全く、安らぎの『や』にもならなかった。





 なかなか開けぬ夜を待つ間、何度も何度も考えた。




 『夢は、夢だ。予知夢やお告げなど信じてはいない』

 『あれは幻だ、大丈夫』



 聡明な彼の脳がそう告げていたが、感情と直感がそれを却下しつづけた。





 むしろ、書き散らしても書き散らしても不安や嫌悪は渦を巻くばかりで、『これでは逆効果だ』と、途中から簡単な鍛錬と魔導書を読む方に方向転換した。



 それでも、没頭はできなかった。

 

 まとわりついてくるのだ。




 あの、焦げ臭い匂いも

 耳にこびりつく声も、妙に生々しく。



 一晩中、離れなかった。








 『街で』

 『なにか』

 『起こったという報告は』

 『受けていないが』



 


 ────どうしても、見ておきたい。

 無事をこの目で確認したかった。





 






 穏やかな朝の中にいるチェシャー通りの店主たちが、走り抜けるエリックに『なんだなんだ』と驚きの視線を向けてくる中。





 焦る彼の瞳が、変わり映えのないビスティーを捕らえ────








「──────ミリア!!」




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