12-3「ハリボテの傀儡(うつわ)」(7P)


「…………」



 奈落に声が響いた。

 強烈な自己否定が、少し和らぐ。


 どこまでも落ちそうな意識が、”ふっ……”と止まって息を止めた。






 まるで心を掴まれたような感覚に

 彼が黙り戸惑う刹那

 断片的に蘇る、はちみつ色の丸い瞳は問いかけてくる。






 『たすけてくれるの?』






(────そうだ)



 現実の彼女は『助けてくれなかった』などと凄惨せいさんな顔でわらわなかった。


 ただ、不思議そうに、はちみつ色の瞳を丸めていた。


 



 その瞳は驚きに満ちていてときを奪われたのを、覚えている。

 




 ──『助けてくれるの?』


 『ガラじゃないって感じじゃなかったけどな〜』

 『死んだら悲しいの。命、大事に』




「…………」



 ひとつひとつに

 軽くなる





 闇の中

 やわらかな光が差したような

 小さな光が灯ったような



 そんな感覚に包まれて、エリックは大きく息を吸い込んだ。





(…………そう。そうだ。護ると決めた。助けると言った)






 『助けてくれなかった』と言ったのはゆめだ。

 悪夢が見せた妄想だ。




 過去

 『助けられなかった』のは事実だが

 『彼女を助けなかった』出来事など起きていない。





 ──────……、


 彼は

 すっと背筋を伸ばした。

 もう一度息を吸い込み、肺を広げる。



 

 整えた背中越しに目を向けるのは、窓の外。



 広がる景色は、先ほどよりも穏やかに、ありのままで彼の視界に映り込み────





(……焦るな。焦るな。

 今、いくら気を揉んでも仕方ない。

 こんな時間に守衛が出してくれるわけもないし、そもそも橋が上がっていて通れないだろ)





 少しばかり息をつく。

 自分をなだめるように、言い聞かせるように意識して。






 庭池の

 水面たゆたう月明かり

 ひとみ逸らして見据えるは 


 闇夜を満たした部屋の中



 慣れた瞳で暗闇を探り、窓際を後にすると、魔具ラタンに手をかざし、拵えのいい机の椅子を引く。






 正直、気持ちはまだごちゃついているが、先ほどより少しマシになった。


 しかしまだ眠ることはできないだろう。




 彼は、艶やかな机の上に手を置き。上質なクッションの付いた椅子に腰を下ろして引き出し開けた。



 少々雑に放り込まれている手紙やそれらの奥に、革張りの手帳が一つ。




 黒い背表紙を無造作に広げ、机に押し付けると、ガラスペンの先を押し当てる。







 ────気を揉んでも仕方ない。

 急いても意味がない。


 今はただ、闇夜が開けるのを待つだけだ。





 そう言い聞かせながら

 走るペン先に、意識を乗せた。

 













(──落ち着け、落ち着け、焦るな、焦るな!)

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