12-1「皮肉」(4P)



 

 『ねえ、ちょっとさ~

  背中蹴ってくれない?

  私の両腕後ろで持って。ぐいーって。

  膝蹴りでもいいんだけど。

  助けると思って。お願い』


 


 ────それに、エリックが戸惑ったのは言うまでもない。




 彼は紳士であり、貴族である。


 今までの人生で、ごろつきやクソ貴族などを相手にし、顔を蹴り上げたくなる衝動に駆られたことはあるが、実際に蹴ったことなどないし、それを求められたこともない。



 しかもそれが『女性相手に』なんて、あるわけもない。




 ミリアが柔軟をしたいのだと解りはするのだが、いくら柔軟の一環とはいえ、『背後から両腕を持ち、身動きの取れない女性の背中にひざを入れる』なんてことは──




 貴族で紳士の彼には、『抵抗しかなかった』。





 彼はそれらを理解したうえで、有効な体の伸ばし方を教えたのだが────

 



 ミリアは

 『いや、ひとの力で思いっきりボキボキってして欲しーのに。』

 『グイーってやってほしーのに。』

 『いいじゃんケチ。』

 と、頬を膨らませるのである。

 


 彼の困惑などお構いなしに膨らむ頬と不満げな顔に 

 結果、根負けした。

 



 外を気にしながら、遠慮がちに行った『強制柔軟』であったが

 ミリアの清々しい顔と言ったらなく、相当力を込めたにもかかわらず『気持ち良かった~~!!』と、こうである。




 

 そんな彼女に──

 呆れと戸惑いも混じりながら

 『心底頭が上がらない』と強く思ったのである。




 ”仕事であるとはいえ”

 背筋を丸め、指先を使い、頭を神経を使い、細かい作業を繰り返す。

 指に傷を作り、針の痕がくっきり残るほど握り続ける。



 

 ミリアに初めて会ったあの日から、『少し硬そうな指先をしている』とは思ったが、自分もやってみて納得した。


 

 『針を押し込むのが痛くなるぐらい、指の先が疲弊していく』と。


 

 

 たかが服。

 されど、服。


 職人が、時間と手間をかけて、作り上げているのだと。

 それを、享受しているのだと。 




 日常を、舞踏会を、夜会を、作り上げているのだと。 




 そしてそれは、なにも服飾に限った話でない。

 料理人・ワイン職人ヴァイングート染織せんしょく家。

 食肉を用意する屠畜とちく師・農家・漁師────



 

 『華やかな舞踏会』だけでも、それだけの人間が関わっている。




 ──そして、その多くの人間が

 『作り上げたものの完成・・にはありつけない』現実。


 

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