12-1「皮肉)(2P)


 

 無意識に突く、右の頬杖。

 拳が頬を押し潰すのと同時、表情かおに走りゆく”険しさ”。

 

 

 

 舞踏会でもこぼれ落としてしまったが、どう考えても手一杯だ。



 現在エルヴィスは、スパイのエリックとして、毛皮の価格高騰の原因調査を行う最中さなか、婦女子二名の死亡案件にも神経を割いている。



 正直、襤褸布の坩堝アルトヴィンガには大人しくしていてほしいのだが──

 

 



(…………ラジアルで手の空いている者は…………

 いや、しかし、場所が場所だからな……

 信の置けて、腕にもそれなりの自信があるモノというと……)

 と悩ましげに、息をき落とす。




 

 東の状態があまり芳しくないのは常日頃のことだが、薄気味悪さはさておき『暴漢とネミリア教を棄教ききょうするものが増えた』という動きに関しては、父や祖父の代でも聞いたことがない。


 


 新たな宗教が力を付けているにしても、酷い暴漢にしても、雰囲気にしても。


 

 『一度、足を運ばねばならない』。

  ──の、だろうが──


 

(…………タイミングが悪すぎる……!)

 と、眉根を寄せてく悪態。





 これがフリーの時ならいいのだ。

 執事のヴァルターは必死に止めるだろうが、盟主としても、アルトヴィンガには一度視察へ行かなければならないと考えていた。



 しかし、今は別件の調査中であり──

 その協力者が『ミリア』だというところが、少々難ありなのである。



 

(────ビスティーはどうする?

 いつどこで情報を掴めるかわからない。

 なるべくそこを空けたくはないし、なによりミリアを一人にはしておけないだろう。

 

 『こちらで指示する』とは言ってあるが、彼女の事だ。

 少しでもそれらしい情報を得た日には突っ込んで行きそうだし、傍にいないと)


 

 と、呟く脳が見せるのは

 『情報を得た!』と瞳を輝かせ、フライパンと鍋を持って駆けていく相棒の姿である。



 本人が聞いたら、『人をなんだと思っているのか。』と真顔を向けてきそうな空想であるが、彼はそれが間違っているとは思わなかった。



 

 何せ、『デートアピールもほったらかしにナンパに突撃し』、『習うより慣れろ!』と初心者相手に魔法をぶつけまくってきた女である。

 



(……愛想や行動が早いのはいいが、じゃじゃ馬がすぎるんだよ……!)

 と、愚痴をこぼれ落とすが──そこに嫌悪は混じっていない。



 


 計算外の動きに驚くし、空の上から降ってきたような返しには度肝を抜かれるが、それも含めて、彼は楽しんでいる。


 たやすく転がり『yes』しか返さないような相手より、あれぐらいの方が付き合い甲斐があると思っていた。



 

 しかし、『楽しい』と『疲労』は別問題である。

 

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