11-18「盟主のエガオは恐ろしい」



「────ん〜…………はぁい、麗しの華♡ ご機嫌いかが~? フィルニン~ ♪」


 

 声に、音に、剣幕、殺気に。

 ヘンリーは堪らずその辺の令嬢に微笑み、へらへらと手を振った。


 現実逃避である。

 我らが主君とはいえ、慣れているとはいえ、一刻も早く離れたい気持ちに駆られるほど、圧が凄い。



(……笑顔カオと言葉が合ってないんだよなあーっ……怖エエエエエ……!)


 と内心思いっきり引きつりながら、ちらりと盗み見るヘンリーの視界の中で、エルヴィスは何も言わずに黙り込んでいる。

 


 おそらく────どうにもならない怒りを、腹の中に溜め込みながら、それでも『舞踏会にふさわしい表情』を作ろうとしているのだろう。



(────それがまた怖いっす、閣下……!)



 と、白亜の天井に意識を逃がす。

 ストレートな殺意より、押し込めた笑顔の方がよほど、恐ろしかった。


 しかし、そんな盟主の気持ちも、ヘンリーは解っていた。エルヴィスの険しい顔の奥に、蘇る、今までの功績や取り組み。それらの苦労が透けて見えて、悔しさに目を下げた。



(……怒りたいのは解りますよ、閣下。そりゃあそうですよね、せっかく政策敷いてるっていうのに、横から水差されたんじゃあなあ……)



 そう。 

 国連──いや、エルヴィスは、外交をはじめ、ノースブルク諸侯同盟をまとめながら、自領内の『前時代の女性軽視と、現代女性の社会進出における、婚姻率の減少と男女の溝』をも『なんとかしよう』と骨を砕いているのだ。


 そんな隣から、氷水を流し込む様なことをされてはたまらないし、腹の底から煮えたぎる想いだろう。



 その気持ちは解るのだが──

 こちらを見ようともせず、黙り込み考える盟主に、ひとつ。



(…………あなたも、大変な御人だよな。プレッシャーも凄いんでしょう?)



 そっと、こっそり溶かす息。


 ヘンリーとて、エルヴィスの立場は解っている。

 弱冠18で盟主の立場に就き、それから目まぐるしい日々を送ってきたのだろう。ヘンリーがまだ、父と兄の後ろに隠れてヘラヘラとしていた時にはもう、彼は国のトップだった。


 その苦労は計り知れないし、今もまだ『わからない』。自分は盟主本人ではないし、なにより、



(──あんたは、本当に何も言わない)



 ”責任感がある”。

 ”力がある”。

 ”頭もキレるし地位もある”。

 それらのポテンシャルが──いや、おもに『責任感が』、時に周りを引き離す。



(……それでも、全部片付けてしまうのは、あなたの凄いところですけど)



 華やかな舞踏会の隅。

 どうしようもない寂しさを、足元の影に吸わせて闇へと落とす。『役に立ちたいが手が出せない』、なんとも、どうにももどかしい。



「…………ねえ、閣下。ひとまず、飯でも食いましょうや」

  

 

 胸の寂しさを切り離すように、彼は明るめの声を投げた。それは、精一杯の気遣いから出た言葉であった。

 

 ヘンリーの見た限りでは、エルヴィスは今夜、食事という食事にありつけていない。


 会場する前に腹を満たしたのかもしれないが、今までの『彼』のイメージからは、それすら後回しにして準備に飛び回っている様子の方がしっくりくる。


 それでなくても、とにかくひとまず・・・・・・・・


 空気を軟化させるためにも、エルヴィスの『陶器』を割るためにも、一度切り替えが必要だと、伝えたかったのだ。



「腹を満たさにゃ、頭も回りませんぜ?」

「…………」


「────お気持ちはわかりますけどね、閣下?

 あなたが直接骨を折ることはないですよ」

「…………」


「────アルトヴィンガれいのあそこは掃き溜めだ。厄介な場所ではありますが『必要悪』でしょう?オリオンの領内ではありますが、アルダーのもんでもありますし、噂は噂です。視察で十分じゃないですか?」

「…………」


「────それとも。他に何かあったんですか?」

「…………」



 黙りこくる盟主に、一歩踏み込むように。

 『それとも』に力を入れて、さりげなく投げた言葉に彼らの戴く盟主は、ちらりと視線を這わせ──



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