11-18「暗雲」





 静かなる拒否は、エルヴィスの視線が現した。



(……まあ、聞いても答えてはくれないですよ、ね…………)



 想像はしていたが、完全沈黙のそれに胸がく感覚を覚え、ヘンリーは眉を下げた。


 いつもこう・・・・・だ。

 わかっている。


 エルヴィスが『盟主』であり『ボス』であるという立場から、『頼む』『頼る』が容易にできることではないのだろうと、頭では理解している。その性格も手伝い、抱え込む性分であることもわかっている。


 しかし、自分が戴く『主君』だ。

 『我らが王』だ。


 少しでも荷を持ちたいと思うのは、不敬なのだろうか? 余計なことなのだろうか?


(……そんなだと、その内潰れちまいますよ、閣下)

 と声には出さずに飲み込み、胸の内で憂いを吐き散らした。



 古めかしい旧時代から、新しく。

 今、これからを生きていくために、エルヴィスには『頑張ってもらいたい』。なんでもしたいと、思っているのに。


 盟主はそれを遮断する。

 戴く主君に『よせ』と言われたら手を出せない。


 そう言われたら、それ以上をすることは──ヘンリーには、できなかった。


 幼き頃から『盟主に仕えよ』と教育を受けてきたヘンリーには、スネークのように煽ることも、面白がりながら焚きつけることも出来ない。ミリアのように忌憚なく想いをぶつけることもできない。


 ただ、軽く言葉を投げる程度。

 それが届いたことはない。


 ヘンリー……いや、ヘンドリック・フォン・ランベルトはそこがどうにももどかしく、そしてままならなかった。


(────ま、メンツもありますしね。ボクが出来るのはここまでだよなあ~……不器用な御人だよ、本当に)



 父の憂いも、兄の憂いも、自らの憂いも全て胸の内。

 聖堂の天井──夏の夜空を映す、ステンドグラスの向こう側に広がる『昏き青』を眺めながら、そっと。

 諦めと悲しみの混ざる想いを、砕き溶かして────



「────手一杯だ……!」



 隣から。

 切羽詰まったトーンは、エルヴィスらしからぬ音で零れ落ちた。


 余裕もない、焦りともどかしさを孕んだ音に、ヘンリーは内心驚きながらもあくまでも軽く、ゆったりと目を向け、問いかける。



「なーにかあったんですか?」

「…………」



 見つめる先で、盟主は何も言わない。

 ────が────


「閣下?」 


 ──『投げかけたら、もしかしたら』

 そんな淡い期待を隠しつつ、ヘンリーは問いかけた。

 その薄紫の瞳に、真摯を込めて。



 ──しかし。

「……………………シゴトだ」

 戻ってきた言葉は『端的』。

 固く、固く、『一言』。



 それだけでも意思を組むのには十分すぎた。

 しかし、あくまでも頷き言葉を返す。

 精一杯のやせ我慢を表に出して。



「────ああ、”そっちの”。何かあったら言ってくださいよっ、ねえ? 『ボス』?」

「…………──報告、有難う。は俺の方で調査を入れる。ランベルトの自治。それと、『シゴト』を。頼むぞ、ヘンリー」


「………………はい」



 軽口はそのまま。

 浮かべた笑顔もそのまま、ヘンリーは静かに頷いた。

 華やかな舞踏会の中へ、消えゆく盟主の背を目で追いながら。


 その薄紫の瞳に、諦めで包んだ寂しさを宿して。







 ダンスホールに花が舞う。

 色とりどりのドレスに身を包んだ女性たちは、今か今かと彼の手を待つ。


 その中で、いくつか手を取りキスを落とし、僅かな時間の相手を決める。


 彼にとって、それは『責務』。

 『もっとも重要な仕事』で『退屈で仕方のないもの』なのは今も変わらないのだが……今日は少し、見え方が違う。



 ホールに咲き乱れるドレスの花。

 女性たちが身に纏う、華やかな衣装。

 この前まで『ドレス』でしかなかったそれは、『今』。



(…………あれは、ベル型。あれは……プリンセスラインか。…………へえ、ダブルのマーメイド。華やかだけど、少し型が古いな……ビンテージか?)


(…………ああ、あのドレスは見覚えがある。持ち主はユラ・ジューン令嬢。……ほら、な。そのコサージュは俺が作った。忘れるはずもない)


(あの装飾……凄いな。スパンコールか? 縫い付けるのに時間がかかりそうだ)

 


 

 『ドレスはドレス』ではなく、その『奥』に重ね、思い返す総合服飾工房オール・ドレッサーでの作業。

 

 コサージュを付け、スパンコールをつけ、ドレスの解体作業し、時には『もうヤダやりたくない!』と叫びながら、それでも『仕事なので!』と責務を全うした、彼女との時間。


 想像以上に時間がかかった。

 想像以上に繊細な扱いをしなければならなかった。

 想像以上に作業工程があった。


 たかが、布。たかが、衣装。

 身に着け纏うのが、当たり前のそれら。

 しかし、その裏を知った今、装飾も見る目が変わる。



 華やかな舞踏会。

 踊りながら、彼はダンスの相手──ベルオーブ嬢の頭を飾るその華に、そっと指を伸ばした。


 『素敵ですね、とても似合っている』

 

 それに頬を赤らめるベルオーブの娘は『……嬉しいですわ、今宵のために作らせましたの』とはにかんだ。


 

 しかし、エルヴィスは知っている。

 そのドレスを、コサージュを、誰が作り縫い付け拵えたのか。


 透かして見える。

 『それを丁寧に縫い上げた相棒の真剣な顔』。



「…………」


 

 感覚ではわかっていた。

 想像はしていた。

 けれど、今はもっとよく、わかる。

 関わったからこそ、鮮明に視える。


 華やかな舞踏会。

 色とりどりのドレス・タキシード・料理や飲み物。

 ここにある──いや、世の中すべての物の、向こう側に──”携わっている人が居る”と。







 その日の舞踏会は

 彼にとって

 今までと違うものになった。




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