11-17「暗雲」
────言わねばならないことがある。
たとえそれが、主君にとって『いい知らせ』であろうが、『悪い知らせ』であろうが。
耳に届いた『不穏な動き』。
それが『何につながるのか』『領内にどのような影響を及ぼすのか』は推測の域を出ないが、『アルトヴィンガ』という『元より治安の悪い場所』で漂い始めた空気の変化は、『盟主エルヴィスに報告しなければならない事柄』としては十分だった。
華やかなオリオン舞踏会・ネム大聖堂のホールの隅で
白亜の壁を背負いながら、ヘンドリック・フォン・ランベルト(通称ヘンリー)は、耳傾け目をむける。
隣に控える主君、エルヴィスは、悩ましげに警戒を研ぐ。
「……
「────あ〜、閣下?」
ぽつぽつとこぼれた険しい呟きを、遮るように。ヘンリーは様子を見るように眉をあげ、あたりに目を配る。その動きに、黙って視線だけを返すエルヴィスに、躊躇いつつも彼は、述べた。
「…………これは、……あまり言いたかないんですが」
「────なんだ」
「……!」
跳ね返ったその声に。
怒りと警戒を圧縮した空気に
” ごくり・ ”と喉を鳴らし、心を整え、ひとつ。
「…………落ち着いて聞いてください」
声を落として、真っ直ぐに。
「……
★
「……
「────っ……!」
言った瞬間。
怖いのだ。
目が笑っていないのだ。
『貴公子』と『ボス』の入り混じる、その威圧はまさに『オリオンの威厳』。
全身を突き刺さすような殺気。
表面上に浮かべられた、怒りを抑え込んだ笑み。
目元に宿るのは──まごうことなき『闘将・オリバー』の影。母親譲りの美しい顔に、ぎらりと光る瞳は『奈落の
ヘンリーの父が『身も凍る』と首を振っていた威圧。
──しかし、怯んではいられない。
戴く君主に忠誠を誓い、信じることはすれども。萎縮して物すら言えない状態など、エルヴィスは望んでいないからだ。
ヘンリーは自身の恐怖を、ぐっと圧縮し、短い息に乗せると、手元のシャンパンを口に含んで、ひとつ。『澄ましたスパイ』を気取って、声を張る。
「……────ナンパなんて、最近は
「………………」
「御明察、です。……
密やかなる殺気を、さらに研ぎ尖らせるエルヴィスの圧を受けながらも、ヘンリーは重々しくも平然を装いながら頷いた。
場所が場所なだけに、かなりライトな表現をしたが、その言葉の奥にあるものは──『合意のない行為』である。
それが、暴力であり、卑劣極まりない行為であり、去勢処罰に値する罪でありながら──明るみに出ないのは、遠い昔からの汚点だ。
エルヴィスは問う。
ヘンリーに、澄ました殺気を滲ませながら。
「…………被害者は?」
「────……『居ません』。言えないでしょう、そんなこと。ただ『あれはどう見てもそうだった』とか、『男の方が吹聴していた』とか、そんな話は耳にしますね」
と、すまし顔で一言。
隣の圧を感じながら、ヘンリーは続ける。
「もともと『
「…………ああ……『黒髪で青い瞳の男』としか情報が無い獣か。
「まあ──、そういう、ろくでもない奴らが集まる場所なんですよ」
「餓鬼畜生が」
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