11-16「襤褸布の坩堝」




 『世の中は、決して理想だけでは成り立たないこと』。先代たちが武器を取り、粛清と言う形の侵略・制圧を行ってきたことも、必ずしも悪ではないと理解わかるようになっていた。



 『戦わなければ、こちらが殺られる』という現実があるということ。『国を守る』ことは、決して、甘い理想論だけでは成り立たないということ。


 先の大戦も、古から繰り返されてきた争いも、否応なしに人々の命を奪って行った。


 そこに『合意』などはなく、始まってしまえば、蹂躙されるか報復を呑むか。それとも、武器をとって反撃に出るかの──いずれかしか、残されてないこと。


 それら愚かしい歴史が綴られた『女神の経典』を思い出しながら。舞踏会の片隅で、完全に『華やか』が消えた中、エルヴィスは述べる。



「──相手が『自分と違う』以上、まず知るべきなのは相手の事だ。彼らがどのように考え、何に喜びを感じ、何に憤怒するのか、知らねばならない。 ……それらを知ることができれば、解りあうことができるはずなんだ」

「……ですよね、ボクもそう思いますよ」


「……まあ……それでもダメな場合は、武器を取るしかないのだろうが……」

「はぁ~、武器なんか取りたかないですねぇ~。ランベルト領 う ち も、ウルナ・メッテ・アルドレンのやつらは油断も隙もないからなあ~」



 声を落とすエルヴィスの隣、参った様子でうなじを掻くヘンリー。

 アルダー族とは話が逸れるが、ランベルト領の周辺──国境線では、どうにも小民族が鬱陶しい。


 それらを愚痴っぽく漏らすヘンリーに、エルヴィスは問う。



「──南東そちらは問題ないと、ランベルト公から報告を受けているが」

「ええ、問題ないですよ。…………やつらに暮らしを奪われた民が野党落ちして、うちの領を荒らすこと以外は、ね」

「…………」

(……しまった!)



 言った瞬間。

 ヘンリーが走り抜けた。


 エルヴィスの顔に陰りが射し、険しく研磨されていったからである。


 ランベルト領の周辺は、オリオン領の外だが、盟主エルヴィスからすれば『国内の出来事』であり、いわば『自分の責任』の範疇だ。


 盟主エルヴィスが、『本来盟主の立場の人間がやらなくてもいいこと』にまで手を回し、掌握し、そして片付けてしまう性分なのは知っている。


 それが『部下や周りに信頼を置いていないわけではなく、命を失いたくないからだ』というのも、普段の言葉や行動から重々わかっている。


 しかし。『何でも自分で背負いすぎ』なのは、ランベルトの家でもたびたび話題になっている事柄であった。



 ぽろりとこぼしてしまった自分を呪いながら、ヘンリーはエルヴィスに向かってやせ我慢のような笑みを浮かべると、陽気な声に真面目を織り交ぜ言葉にする。



「……大丈夫だぁいじょうぶですよ、閣下。あそこは、父上と兄上……あと、叔父上おじうえ方々ほうぼう目を光らせてます。閣下が気を割く必要はありません」

 

「……いや、そこは信頼している。ランベルトは南東の要だ。……そうではなくて」

「…………アルトヴィンガ例のところ、の話でしたね」

「…………」



 苦々しくも、しかし寄り添う姿勢も見せるヘンリーのの、促すような声かけに、しかし盟主は口を閉ざす。


 その沈黙は『何かを考えている』ことは解るが、それ以上はわからない。


 いつもそうだ。彼は悩んだ時こそ何も言わない。

 抱えているものがある時こそ黙り込む。

 小言は山のように出るが、自分の悩みや弱みを言わぬ盟主の、陶器のような難しい笑顔をちらりと見つつ。



 様子をうかがうヘンリーの前、長く黙していた盟主は、すぅっと静かに瞼を開き、懸念のかけらを吐き出した。



「…………。アルダ―の宗教がらみか、それとも別の何かか……いずれにしても、一度様子を見に行かねば………」

「────あ〜、閣下? これはあまり言いたかないんですが」



 割り込ませたのは、言いにくそうな音。

 そのおずおずとした声に、盟主の言葉は端的に返り裂く。



「────なんだ」



 瞬時。

 場にそぐわぬ殺気を放つ盟主に、ヘンリーはぞくりと背筋を凍らせたのであった。


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