11-13「狂った歌劇の舞台上」(2)
『指輪』。
それは、婚約の証。
生涯を共にすると女神に誓う、愛の印。
──と認識しているこの国の、盟主主催の舞踏会。
その『指輪』を手袋の下に隠し、ひっそりと懸念を転がしているのは、エルヴィス・ディン・オリオン。
26歳独身・恋人ナシ・相手ナシ・しかし誘われる声は後を絶たない貴公子だ。
ヤケクソで開いた舞踏会。マイナス思考が連れてくる『最悪の展開』に表情を研ぐ。
『小指とはいえ、指輪を着けているのがバレたら、何を言われるか分からない』。
(……常につけていた方が良いものなのは解るが、”そういうものでもない”のに、下手に話題が広がるのはごめんだ)
呟きつつ思い返すのはここ最近である。
ミリアに『魔法の学習リング・ラウリング』をはめ込まれてからこれまで、ひとりの時に外そうとしたのだ。
しかし、みっちりばっちりハマったそれは、びくともしなかった。おかげさまで屋敷の中でも常に手袋をはめている始末である。
(……絶対手袋だけは外さないようにしないと)
ひとり、ぐっと左手を握りしめ、隠し通す決意をするエルヴィスの隣。
”は────────っ……”
ために溜めた様な感嘆の音は、ヘンリーの口から零れ落ちた。彼は言う。白亜のホールを見渡して、
「……っしっかし、……すげー……ネミリア大聖堂…………式場確保からすげぇ金かかったんでしょう ははは、ハンパないっすね────」
「…………」
ただただ『凄い』と言わんばかりに、平たく息を吐き出すヘンリーを目に、エルヴィスは短く息をついた。
確かに普段 参拝者が入れる場所ではないし、貸切る金も相当なものだったが、別に無理をして借りたわけではない。驚くことでもないし、見栄を張ったわけでもない。
それを態度に込め、彼はすました顔で言う。
「……この会場にかかった金は『ネミリア聖教会』に上げられる。それは、巡り巡って民への援助や、福祉の資金になる。民から集めた金を戻すのに効率的だろ?」
些事なことだ”と、掃いて捨てるように、やわらかな琥珀色のシャンパンを、しゅわりとした苦みと共に喉に落とした。
それに返るのは、皮肉と尊敬を混ぜたような声だった。
「……立派な盟主様ですね」
「嫌味でも世辞でも、受け取っておくよ」
短く一言。
白亜の壁を背にしてエルヴィスは言葉を続ける。
「…………舞踏会に使う費用は、『年間いくら』と爵位で決められているだろう。小さな舞踏会を何度も開くより、一度で終わったほうが都合が良い」
「ははは、そ~れで、この規模っすか……」
「…………まあ、」
(────”名目上は”な)
最後の言葉は、胸の内。
ひそかに目だけを反らし、脳内にチラつく『本当の理由』に、人知れず表情を砥ぐ彼の隣。
感心の息を吐ききったヘンリーは、大きく目を見開き小首をかしげ、腕を開いてエルヴィスに体を向けると、
「で・も! マージでもったいないですよ? 最高にいい時期なんですから、閣下も今のうちに選んでおかないと!」
「──女性は物じゃない。物色するような物言いは止めろ」
「ただの言い回しじゃないですかー! それに、閣下は『同盟領の盟主』だ。ココが王国なら、アナタはボクたちの『国王様』です。戴冠は~、ネミリアの名のもとに、30からでしたっけ? それまでには身を固めてほしいですよ~?」
「…………」
「ね? ですからボクと一緒に女性に声をかけに行きましょ♡ あと4年無いでしょう!?」
「……」
「ほうら閣下! ボクはね、閣下のタメを思って言ってるんですよっ♡」
「────ハ……、『俺のため』……ねえ?」
────瞬間。
エルヴィスの貴族の笑みの、内側から。
『舞踏会』にそぐわない声が出た。
にじみ出るのは威嚇と嘲笑。
嫌というほど聞かされ言われ続けたその言葉に、笑顔の下から嫌悪が噴き出し溢れ出す。
彼は言う。
貴族の笑顔の下に、確かな嫌悪と憎悪を込めて。
「────人を。『黙す』・『操る』・『懐柔する』時の常套句だな。まさか俺にそんな言葉を使ってくるとは思わなかったよ、ヘンリー」
にこやかな笑みの下。
猛烈な嫌悪を孕んだ鋭利な槍に、ヘンリーのいい加減な顔が『ひくっ』と引きつり動揺が走るが、エルヴィスは止まらない。
「──それで? 俺はおまえの隣に付いて。言いたくもない戯言を吐き、おまえの女漁りに付き合えばいいのか? …………くだらない」
「閣下あ〜!」
「……ナンパの相棒が欲しいなら他所へいけ。己の欲望を満たすための偽善の皮ほど、醜く愚かな
「……っ……うぅ……」
眉を下げるヘンリーを無視し、きっぱりと吐き捨て睨み切った。
ヘンリーという男も、別に悪いやつではないのだが、その、貪欲に女を求め、狩りに行く様は(ある意味尊敬であるが)軽蔑の対象でもあった。
──ついでに言うのなら。
(……大体、
「……そいえば。……お耳に入ってますか?」
「なにが?」
苛立ちはそのまま。
残る怪訝を湛えながら聞き返し、その、少々神妙な表情に目を見開いた。
苛立ちはまだ処理できていないが、隣にいるヘンリーはどうにも深刻な様子。顔にはにこやかを浮かべつつも、ちらりちらりと周りを気にする彼に、エルヴィスの気が行った時。
彼は、たどたどしくその口を開いた。
「…………
「…………!」
たどたどしいトーンは、徐々に。
エルヴィスをも巻き込んで、警戒に染まっていく。
「……最近、……
「…………”
それに呟き消えゆくは『貴公子の仮面』。
互いにじわり、滲みだすのは
纏うオーラを変えゆくボスに、ヘンリーは、声を落として問いかけた。
「────『
「……」
華やかな舞踏会。
神聖なネミリア大聖堂のホール。
咲き誇るドレスや、凛々しいスーツの花に紛れ、男は静かに問いかける。
「…………古語は、話せるか」
「…………モチロンです♪」
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