11-12「狂った歌劇の舞台上」(2)
「……っに、しても、派手に舞踏会しましたねえ。ネミリア大聖堂で舞踏会なんてアルツェン・ビルドの先代王以来でしょう? しかも、あれは結婚式でしたよね?」
「……ああ。屋敷では収まらくてな」
「でっしょうね〜……この人数じゃあ……」
驚きと尊敬の混じった声がネミリア大聖堂のホールに消えた。由緒正しい聖堂の装飾は、どこを見ても繊細で、何度見ても目を凝らしてしまう。
そんな、驚くヘンリーに移動を促すように、エルヴィスはひとつ目くばせをすると、ゆっくりと壁際に向かって歩き出した。
「盟主のアナタが一般からも参加者を募るなんて。……やぁーっとお嫁さん候補探しに本気になったんですか?」
「────そんな風に見えるか? だとしたら、おまえの両目は立派な節穴だな」
お道化るヘンリーに鋭い言葉が返る。
「や!」
「──洞察力も観察力も鈍っているだろう。とっておきのシゴトを回してやるぞ、ヘンリー」
「ジョークじゃないですか! 睨まないでくださいよぉ~! 冗談が通じないお人だなぁ、本当に~っ」
「────へえ。
「────いえっ。とっっても綺麗な笑顔です」
「────……」
「すみませんっす」
地獄の底から魔王がほほ笑んでいるように感じ、ヘンリーは細やかに首を振って引きつり笑う。
言わずもがな『怖い』のだ。
エルヴィスが、婚姻や結婚あたりの会話を嫌う──いや、『自分の詮索をされる』ことを嫌悪しているのは重々承知である。しかし、これは《通例行事》のようなもの。
はたから見たら、ドラゴンに睨まれたピクシーのような構図だが──ヘンリーは必要以上に萎縮してはいないのだ。
これらのやりとりは『いつものこと』。
エルヴィスに対し、ヘンリーが調子よく絡むのも、エルヴィスが、それを『不敬だ』と窘めないのも、彼らの付き合いの形であった。
ただし、ヘンリーの方の馴れ馴れしさにエリックが合わせることは無いし、ヘンリーも不敬の一線を越えることはない。
どれだけ親しみを込められようが、エルヴィスはヘンリーの『友達』でも『知り合い』でもない。『上と下』。『盟主と同盟諸侯の息子』。あるのは、完全なる『主従関係』だ。
ドレスの花咲く舞踏会の会場を横切りながら、背を預けられる壁を目指す二人。
途中、テーブルの上で待つグラスが目に着いて、ヘンリーはそのうす琥珀色のシャンパンを讃えるグラスを二つ、手に取ると、流れるようにエルヴィスに差し出し、口を開いた。
「でーも。知らせを受け取ったときはマジで考えましたけどね?」
「────何を?」
「『あ~のエルヴィスさんがや~~~っと結婚か~』って」
そっけない返事に茶化して返す。
しかし、綺麗な笑顔から放たされる、盟主の温度は変わらない。
「…………相手もいないのにどうやって?」
「探せばいいじゃないですか! 選り取り見取り!」
「……生憎、探すつもりは毛頭ない」
「閣下がお嫁さんをお探しになっていると考えてるお嬢さんも多いと思いますよ?」
「かもな」
「もー、閣下は~。釣れないなー☆」
「釣られるつもりもない」
「ちょっと! いいんですかそんなんで! モテるのも今のうちっすよ?」
「別に。困ってない」
「ひゅうー! さっすがリーどぁ」
「──────……………………」
「あっ! ほら可愛い子ちゃん♡ はぁーい♡♡」
あからさまに逃げたヘンリーに、エルヴィスは、笑みはそのまま瞳に呆れを込めた。
(ああ、またおまえはそうやって……)と言わんばかりに眉をひそめ、周りに気づかれぬ程度に顔を曇らせ苦言を呈す。
「…………ヘンリー。やめないか。おまえはランベルトの息子だろう」
「『可愛らしく美しい女性がいたら 口説く!』 それが貴族の……いや、男の生きざまじゃないですかね?」
「ナンパ野郎と何が違うんだ」
「うっふ……! 一刀両断……! 閣下~、……あー、何かあったんですか?」
「…………別に、何も」
陽気な口調の問いかけに、エルヴィスは笑みのまま、端的に言い捨てた。
純白の壁に背中を預け、すまし顔の瞳に冷めた色を乗せ、眺めるのは『華やかな場所』。こぼし堕とすのは『冷めた気持ち』。
(────そもそも、
純白の壁に背中を預け、すまし顔の瞳に冷めた色を乗せ、眺めるのは『華やかな場所』。こぼし堕とすのは『冷めた気持ち』。
金を、権威を見せびらかすような、お上品でお優雅な空間に、なんの価値も感じない。
(…………スパイとして潜り込むならまだしも、今日は
辟易である。
うんざりもいいところであった。
どこかの子爵や小貴族、または有志のパーティーに潜り込むなら『目的』を遂行するため情報を集め・策を練り・その場を楽しむのだが、今は逆。むしろ獲物側になっているわけで、気持ちが休まるわけもない。
寄ってくるのは
それらを洗い流すように、エルヴィスはグラスのシャンパンをひと口飲み込んだ。
口の中に広がる上品な苦みは、彼の気持ちを高ぶらせるわけでも、洗い流すわけでもなく、ただの苦みとして口の中に残る。
眺めた世界は『色鮮やか』。
優雅なその空間から聞こえてくるのは、
(──くだらない)
見え透いた欺瞞を吐き捨てて、彼は開場からこれまでに挨拶に来た面々を思い出す。
『素敵な舞踏会にお招きいただき』
『うちの娘を』
『やっと閣下もパートナーを』
『うちの娘は14歳。どうでしょう、閣下』
(……『どうでしょう』もなにも、14の子どもをどうしろと?)
自分の娘をモノのように勧める貴族を思い出しては心が荒む。『そもそも成人は17だ』と苛立ちもするが、年端も行かない娘を差し出す神経を疑う。
それに何より、(──ここ数十分、何度言われたと思ってる)。
『うちの娘を』
『どの娘でもどうぞ!』
『貴方様と踊りたいですわ』
『めいしゅさまとおどりたいの』
『やあやあ、盟主殿! ご機嫌麗しゅう!』
────皆。
示し合わせたかのように、同じセリフを吐く。
同じ顔・同じ色・同じ目つきで同じ言葉を吐く。
それはまるで、狂った歌劇の舞台上にいるかのような感覚で、どうにもこうにも気味が悪くて仕方ない。
(……言いたいことや事情は分かるが……代わる代わる何度も同じことを言われては、気がおかしくなりそうだ)
短い息とともに吐き捨てる。
だから嫌いだ。
『盟主としての
そのつもりもないのに場を用意し、そのつもりもない話を聞かされる。
いっそ『婚約者を探しているわけではない』・『出会いの場として提供しているだけだ』と公言してしまったほうが楽だと考えたこともあった。
──しかしそれは許されない。
そこを理由に、盟主を退けと言われないとも限らない。しかし貴族の娘に魅力など感じない。
(──まったく馬鹿らしいな、本当に)
舞踏会の度に繰り広げられる、需要と供給がまるで嚙み合わない状況に毒を吐くエルヴィスは、ふと。
シャンパンを持つ左手の、手袋の上から、慣れぬ違和感を求めるように、そこを押さえ眉を顰めた。
手袋の内側でしっかりとはまっている、ラウリングに。
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