11-11「女好きのおっさんキラー」





「──ご招待に預かり光栄です、エルヴィス様」

「……本日はよくぞお越しくださいました。トーマス・フォン・ランベルト殿。お父上のランベルト伯爵公もご健在でなによりです」



 開場して小一時間は優に越し、来訪客にリラックスが見え始めた頃。丁寧な声遣いで声をかけられ、エルヴィスは向き直り、スマートに手伸ばした。



 目の前に現れた『彼』。

 オレンジブラウン色の髪を『貴公子の手本』のようにまとめ上げ、その顔に光るは薄紫の瞳。由緒正しき『ランベルト家』の公服を纏い現れた彼に、エルヴィスは、にこやかに微笑みかける。



「────『トーマス殿』? 東の情勢は変わりなく?」

「ええ、それはもう穏やかですよ」


 

 そつなく返ってくる言葉に上品な笑いで返した。

 胸の内で(──化けの皮を被るのなら、もう少しうまくやれ)と呟く彼は、一瞥いちべつ。『トーマス殿』に向けて話題を振った。



「昨年はお見事でした。見事な手腕で、事態を収めたと伺っています」


「…………ええ、まあ」

「南東部は昔からいさかいが多い地域ですから。そこを任せられるのも、ランベルトの手腕あってこそ。聞けば、ピオニアの暴徒を抑えたとか。ぜひ話をお伺いしたい」


「…………えー、と、ですね?」



 にこにこ、キラキラ。

 エルヴィスが淀みなく浴びせる質問に、トーマス・・・・の目が泳ぎ、そして顔が引きつっていく。

 ────『どうしよう』と、言わんばかりに。


 エルヴィスは、それがわかっていながら言葉を続けた。



「ああ、申し訳ない。話しにくいことでしたか。『武勲』とはいえ、やっていることは武力行使だ。雄弁と語ることではありませんでしたね」

「…………えぇ…………、まぁはぃ……」

 

 

 返ってくる曖昧な返事に、エルヴィスの笑顔は崩れない。

 目の前の男が誰なのか、彼は解っている。

 非常にうまく似せているがそうではない。

 

 目の前の男に、笑顔のプレッシャーをかけるエルヴィスは、上品に上品を重ねた声色で伺うように視線を送ると、


 

「それでは……、そうだな、トーマス殿。『ランベルト領の税収と人口について』ですが」


「…………エルヴィス、どの? ……ああ~~、それは、ですね?」

「『今後さらなる下降を辿る見通しが出ている』と、お父上から報告を受けています。次期領主として……如何なる対策を講じるべきだとお考えですか?」


「──…………えーと」

「ランベルト領は、ノースブルクの大切な要だ。そうでしょう、トーマス殿?」

「…………」

 

 

 問いかけにどんどん、『トーマス』は答えない。

 みるみる汗を搔く彼に、エルヴィスはすまし顔を崩さない。


(……騙せると思うなよ)

 あからさまに狼狽するに、ひとつ、見切りをつけて、エルヴィスは次の瞬間、引導を渡すように言った。



「────演じきれないのなら下手に入ってくるんじゃない。『ヘンドリック・フォン・ランベルト殿』

 

「……へへっ……バレてました?」

「…………最初から、な」



 エルヴィスの鋭い言葉に、『たははー』と後ろ頭に手を置くこの男。


 名を、ヘンドリック・フォン・ランベルト。

 通称『ヘンリー』と言う。


 トーマス・フォン・ランベルトを兄に持つ、ランベルト家双子の片割れで、年は26。エルヴィスと同い年の貴族の息子だ。


 オレンジブラウン色の髪も、うす紫の瞳も、見れば見るほど優秀な兄と瓜二つだが、その中身は正反対。


 厳格真面目を絵に描いたような兄とは対照的に、ちゃらいナンパ男で、女に手を出しては遊び惚けている問題児である。


 今回の舞踏会も、エルヴィスは『兄・トーマス』の方に招待状を出したのだが、やってきたのは弟の方だったようだ。


 まったく呆れる行動であるが、彼はこうして『兄の名前で』舞踏会に入り込み、たびたびそのスリルを楽しんでいるようである。


 ……エルヴィスにはバレバレなのだが。


 貴族の笑顔はそのまま、瞳で『呆れた』と言うエルヴィスを前にして、ヘンリーは澄ましていた顔を一気に緩め、『敵わないな~』と言わんばかりに肩をすくめると



「ボクら、親でも『見分けがつかない』って言われるのに~、よくわかりましたねっ?」

「俺を馬鹿にしているのか? おまえたち二人の見分けぐらい、付かなくてどうする」


「────さっすが、リーダー☆」

「…………ここでそれを言うな、ヘンリー」



 薄紫の瞳でウインクなんぞをかましながら、おちゃらけるヘンリーに、エルヴィスは静かな圧をかけた。

 

 ──そう。

 ヘンリーは、エルヴィスの裏の顔を知る貴族の一人であり、調査機関ラジアルの構成員である。


 ラジアルを立ち上げたころ。

 兄の名前で招かれたパーティー舞踏会に潜り込んでは、女漁りを繰り返していたヘンリーに『どうせなら情報のひとつでも掴んで来い』とエルヴィス直々にスカウトした。


 彼の功績は上々で、その『調子のいい性格』を余すことなく発揮し──組織に、国に大きく貢献している。

 いわば『調子のいいホープ』だ。



 話や振る舞いから、受ける印象はミリアに似ているが、ミリアほど会話がすっ飛ぶことはなく、『調子の良さ』ではリチャードと同レベルだが、ヘンリーの方がいい加減で、『女性関連の信頼のなさ』はスネークの上を行く。

 


 ──そして。

 『人の懐に入る』すべは、エリックよりも上手かった。


 特に、エルヴィスが苦手とする妙齢の男性ターゲットからは受けが良く、仲間内では『おっさんキラーの貴公子』などとも呼ばれている。


 

 ……女好きの本人の意思とは関係なく、女性の獲物よりも、男性の獲物の方が気を許してくれるのは、ヘンリーにとって最大の謎であり、不本意な事実である。


 

 そんな『女好きのおっさんキラー』なヘンリーは、薄紫の瞳でぐるりと、風格漂うネミリア大聖堂の内壁を見上げると、『はあ……』と感嘆の息を漏らし、エルヴィスに顔を向け口を開けた。

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