11-10「本業の勤め」






 ──シルクメイル地方・聖地『クレセリッチ』。

 ネムの女神を祭る聖堂で、今夜開かれているのは『舞踏会』。ノースブルク諸侯同盟・盟主主催の、一般歓迎舞踏会だ。


 本来、舞踏会というものは『コネクションを広げるため』・そして『納税のため』に行うものであり、招かれるのは国の要人や貴族ばかり。近年豊かになってきたこの国では、財を見せつけるために開く者もいるが、それは『身内に自慢したい』だけ。


 『爵位のない者も参加OK』な舞踏会など、過去10年さかのぼっても民の記憶にないものだった。


 とはいえ、『どんな服でもOK』と言うわけではなく、もちろん『ドレスコード』は存在する。

 服飾革命で値段が下がり身近になったものの、まだまだドレスが高価なこのご時世。『高価なドレス』を購入できる身分ではないと入ることすらできないのは、当然のことである。


 『一般参加OK』と言えども結局は『金持ちの集まり』なのであるが──それでも、間口が広がったことに対する反響は大きかった。



※ ※



 煌びやかなホール。

 並ぶ卓に、所せましと並べられた料理。

 

 城といっても過言ではない、荘厳で神秘的な建物の中、あちらこちらにオリオンの使用人・メイドが動き回り、客はひと時を楽しむ。


 そんな中、ひときわオーラを放つ男が一人。


 黒のくせ毛も艶やかに。

 上質なスーツに身を包み、にこやかな笑みを浮かべ、見目麗しい容姿で光を放ち優雅にホールを回る、この男。


 名を、エルヴィス・ディン・オリオン。

 ノースブルク諸侯同盟の盟主である。


 数日前──

 総合服飾工房オール・ドレッサーに勤めているミリアと、屋敷の敷地内でカードバトルを繰り広げ・彼女のランジェリーを目撃し・コサージュを縫いまくり・スパンコールを付けまくり・何度か指に針を刺して痛い思いをした男と同一人物だ。



 しかし、今日。

 煌びやかで・気品を纏い・貴公子を貫く彼は、顔面が固まってしまうのではないとか言うほど、にこやかでありながら温度のない笑みを張り付け、崩さなかった。


 盟主・エルヴィスにとって『舞踏会』とは、好きでもない女の手の甲に口づけを落とし、ダンスに誘い、貴族の仮面を張り付けたまま、調子を合わせ、世辞という名のリップサービスを行う『業務』であり『責務』。



 ────いわば、『本業の中の本番』だ。



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