11-5「無いものは出せぬのでございます。」





「────あっ! あー! 今『素材もわからず使ってたのか? また君はそうやって』って言おうとしたでしょ! その顔はそう言おうとしたでしょ!」

「────まさか。布の生地や製法についてまるで知らなかった俺が、そんなこと言う資格ないだろ」



 弾かれたようにぴしぴしっという彼女に、エリックは不可解を滲ませ首を振ってた。


 随分と先を読むようになった。確かにエリックの中、そういう考えがあるのは確かだし、よく口にする文言である。

 しかし、それは見当違いだ。

 彼は息を零しながら、正直な気持ちを零す。



「……使い方については聞くけど、素材となると深く考えない場合の方が多いなって、思っただけだよ」

「…………まあ、そっかも。食べ物は気にするけど、使ってるものはそうでもないかも~」



 真面目な口調で言うエリックに、ミリアは間の抜けた声色を返す。

 ミリアはこの話題を引っ張るつもりはないようで、のほほんと間延びした空気を出しながら、指の先。板状のボーンを両手でくるくると回し、ぴたり。


 はちみつ色の瞳でエリックを見上げ、口を開ける。



「でねー?」


 ────きゅっ。持ち上げ面を見せ、透明なそれで口元を隠し、じっ……っと見つめて──小首をかしげた。



「エリックさん、あのねー? おにーさん、あのねー?」

「……うん?」



 あからさまに甘めの声。

 何かをさせようとしているのが見え見えのトーンだが、警戒も構えもしないエリックに、ミリアは眉を下げると、


 

「この、ボーンSがね? 実は地味~~~に、コサージュなんかの細かいところにも使われててね?」

「……う、ん?」


「──────切るの、大変なんだよね。ソフトのくせに固くて。手痛くなる」

「…………」


 

 甘えを期待して小首をかしげるエリックに、返ってきたのは『すん』顔。

 その顔を真顔に戻し、暗に『これ、切ってくれない?』と言うミリアに、エリックの暗く、青い瞳のまなざしが降り注いで────



「…………そうだな」



 少しの間を取って、彼はコホンと喉を鳴らした。

 思いついたのは、ほんの少しの悪戯。密やかな欲求。

 それを通すべく。

 ゆっくりとした動きで、こくりと首をかしげほほ笑んで、



「────君が可愛らしくおねだりしてくれるなら、切ってもあげてもいいけど」

「じゃあいいです」

「…………」



 一刀両断。

 駆け引きをしたつもりがあっさりと引かれ黙り込む。

 まさか秒で返されるとは夢にも思わなかったエリックが停止する中、ミリアはと言うと、せかせかとスケールとハサミを取り出し『すん』顔で言うのだ。



「『可愛らしさ』とか、取り扱いがございませぬ。無いものは出せぬのでございます。自分でやるでございます」



 てきぱきと仕事の準備にかかるミリア。

 その様子は『本気で自分でやる』空気を出しており、微塵も頼ろうとなどしていない。そんなミリアに、エリックは白旗を上げた。



「………………冗談だよ。切るよ、貸して」



 ”──ミリアに駆け引きなど通用しない。”

 ”挑戦的”は裏目に出る”


 それを胸に、エリックは手を伸ばし、ミリアからハサミを引き抜いた。



 季節は、8月。

 オリオンの舞踏会も迫る夏の夕暮れ時。


 やや参った顔をするエリックに、ミリアは陽気に手を上げ、笑う。

「ヤタ! ありがと愛してるー!」


 軽々しいその言葉に、エリックは、ぎゅっと眉をひそめる。

「……そういうこと、軽く言わない方がいいと思うけど?」

「ん?」



 場所は、女神のクローゼット。

 ウエストエッジのとある店。

 リメイクのドレスが山盛りの総合服飾工房オール・ドレッサー・ビスティーで。


 山のような仕事を前に、作業に取り掛かったエリックに、ミリアは……にっこりとほほ笑んだ。



「あ、あとで……脱いでね?」

「────へっ? はっ?」


「シャツのボーンえりしん。仕舞わないとだから」

「…………」



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