11-4「建前で付き合いたくない」


 軽い失言による、ミリアの変化を観察しつつ。

 エリックが述べるのは自らの考えだ。

 


「…………なあ、ミリア。女性の『美に対する意識』はわかったけど。もっと動きやすいものにした方がいいんじゃないか? 立場上、布地の多いものも、鎧も身につけたこともあるが……仕方ないとはいえ、動きにくさは相当だったぞ?」



 その、女性の立場を慮りつつ、否定しない方向からの言い回しは、逆に。ミリアの返しに火をつけた。彼女はきりりとした佇まいのまま問いかえす。



「じゃあ旦那さまに言っておいてくれます?『『女性は足を見せるな・男性モノを身に着けるな』とかいう、前時代の認識なんとかしてくれ』って」

「…………」



 間髪入れずの返答に押し黙る。

 この、『物申した意見に対して、さらに意見を返してくるこの感じ』。


 さすがの『相棒』である。

 これが許されているものなど、現時点でミリアの他にはいない。


 ヘンリーはここまで申し立ててくることはないし、スネークはこの方向で手を突っ込んでこない。屋敷の者や諸侯が見たら『不敬なるぞ!』と刃が飛んでもおかしくない言い分だが、一理あるのである。


 『動きにくそうだというのなら風潮を変えろ』は、まさにその通り。しかしそこを邪魔するのは、この土地の文化と価値観だ。


 『女が足を出すのは、はしたない』『女が男の服を身に纏うな』。

 昔からずっと、この土地に根付いている価値観で、それは今も変わらない。

 

 パンツスタイルのほうが機能として良いだろう。

 それは間違いないのだが、それらを女性が身に着けると言えば話が別である。

 粗暴に感じるのだ。

 どうしようもなく、抵抗がある。



 しかし、そんな、[文化]と[政令]を一緒にされては困る。


 ────『彼』は述べる。目をそらし、ぼそっと。

 



「………………別に。がそう定めているわけではないよ」



 言いたくなる。

 『エルヴィス 俺 が指示しているわけじゃない』と。

 しかし、意見は忌憚なく返ってくる。



「でも、女性がパンツスタイルで歩いてたらどう思う? ブーツの時も結構いろいろ言われたらしいじゃん?」

「………………………まあ。」




 ────言われて言葉を濁した。

 そして少し、考えてみる。

 ミリアが『パンツスタイルで現れたらどうだろう?』。その姿はとても活発そうだが、同時に『粗暴』という印象も受ける。


 マジェラという国で教育を受け、教養もあり、女性らしい彼女が、粗雑なものになってしまうような──、そんな抵抗感。


 『受け入れられないことはない』のだろうが『受け入れたくない』が本音だった。



「その…………、まあ。似合わないことは、無いと思うけど」

「嘘、よくない。」


「………………本心だ」

「嘘じゃん」



 言いにくい本心をひた隠し、歯切れ悪く答えたエリックに、ミリアは容赦がない。


 彼の中で、『機能的の動きやすさで言うなら彼女の方が正しいが』『それでも女は女だろ』『いや、しかしこれからの時代で、そんな固定概念は────』と内部葛藤を繰り広げられているなどつゆ知らず、彼女はぱたんと資料を閉じると、切り替えるように身を翻し、述べた。

 


「ま、話、反れちゃったんだけど。『軽くて・しなやかで・それでいて長持ちする 骨』が、『ボーン』。ちなみに『S』はソフト。襟芯とか、下着の骨とかに使われております」


「…………と、言うことは『H』もあるのか」

「そうそう。『ハード』ね。固くて厚みがあるやつ」



 ミリアの『切り替え』に合わせるエリックに、更に合わせる。

 ぱらぱらとめくるのは手元の資料。巻末近くの補足をめくりだし、兵装使用の項目を指でつつく。


「そっちは、コルセットベルトの外装とか、兵士さんの小手とか、あと、盾の中身とか。そういうのに使われております。軽くて硬くて扱いやすいらしく…………て

………………………………」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


(………………こわ……っ。)



 最後は尻つぼみ。

 みるみる厳しさを纏っていったエリックの顔に、ミリアは、みなまで言えずに黙り込んだ。


 目の前で、黙り怪訝を極める彼の顔つきが凄い。

 みるみる寄っていく皺。

 感じる殺気。

 なにが原因で、そんな顔つきになっているのか、ミリアの理解の範疇ではないが、何か考えたくないこと──もしくは難しいことを考えているのだけはわかる。しかし、その無言が怖いのだ。美形の圧は、凄まじい迫力を放つと実感する。

 


「────アの、エト。かお、怖いけどだいじょうぶデスカ」

「…………ああ、大丈夫」


 

 思わず片言になった問いに、エリックは静かに一言。

 引き気味のミリアに苦々しく眉を寄せ、言う。



「…………防具と聞いて、ちょっと・・・・

「それはキミが考えることではないのでは? 防衛する立場にあるわけじゃないじゃん」

「…………まあ。うん。」




 『なにをそんな』と首を捻るミリアに、エリックはただ、言葉を濁した。



 彼女は知らないが、大いに関係あるのである。

 彼はノースブルク諸侯同盟のトップだ。戦が始まれば兵を出さなければならないし、普段から私兵団も持っている。 

 値の上がっている『ボーン』が、盾や、小手の中身と聞いて────『つまり連鎖的に、いずれどうなるか』が頭をよぎり、瞬間的に怪訝が走ったのだ。



 しかし、そこ・・は……ミリアは、関係ない。

(……黙り込んでいるのは、マズいな)

 現在の状況と、今後の展望を考慮し、エリックは切り替えるように息をつくと、流れるように、襟から抜かれた襟芯ボーンを手に取り話しかける。



「…………それにしても、不思議な素材だな。これだけ利便性があるなら、他の事にも使われてもよさそうだけど」

「……あんまり多く作れない、のかな? そう言えば、他のところで見たことないね? 扇として売れば大儲けできそうなのにね?」



 二人とも話を進める。

 流れ始めた会話をもとに戻す気はなく、興味を注ぐのは手元のボーンだ。

 

 ミリアにとってはなじみのあるそれを、確かめるように遊ばせる彼。その触感・質感。見たところ水も弾きそうだし、しなやかで使い勝手がよさそうなそれを前に、エリックは浮かんだ疑問をそのまま、口に出していた。



「………………これ。素材は?」

「そざい?」


「……”原材料”。なにで出来ているんだ?」

「…………………………さあ……??」


『…………』



 返ってくるのは、きょとんとした声と沈黙。

 ぽよんと音を出すのは、板状のボーン。


『……………………』



 ぽよん。

 ぽよん。

 ぽぽぽぽぽ

 ビィィィィィン……


 エリックが弾いたボーンが放つ、気の抜けた音がその場を支配して──


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