11-3「『愛くるしい』は、頭の動きを鈍くする」




「ほら、腰がもこっとして、かわいい。おしり、ぽこって。もこってする。可愛い~~♡」

「…………?」



 それは、ノースブルク諸侯同盟国・ウエストエッジの一画。

 総合服飾工房オール・ドレッサービスティーでのひとコマ。


 歴史ある服飾資料の『バッスルスタイル』を指さしながら、にこにことはしゃぐミリアに──エリックは黙り込んでいた。



 『バッスルスタイル』とやらを、絵で見せられても。うっとりと『可愛い~』『細く見える〜』『ね?』と言われても。



(……全然わからないんだけど)



 不可解を内側で転がす彼。 

 ……目の前で『可愛い』とニコニコと笑う彼女については可愛らしいなと思うのだが、手書きで描かれた『武骨なご婦人のドレス』についてはちっとも『可愛らしさ』がわからなかった。


 

 なにしろ絵柄が古いし、その夫人を知るわけでもないし、コルセットの物々しさを見せられたあとに『可愛いね』なんて気持ちがすぐ沸くわけでもない。



 しかしミリアははしゃいでいるのだ。

 それを理解するべく、エリックもそれを覗き込むのだが──



(…………まあ、華やかだな、とは思うけど)

 無理やり感覚をすり合わせようとする。しかし。



(目の前で見れば、『綺麗だな』とは思うだろうけど)

 眉を寄せて想像してみる。

 しかし彼は空想が苦手だった。



 モノクロで描かれた古びたそれはそれでしかなく、

(…………ドレスは……、ドレスだよな)



 終了である。

 これ以上『可愛い』に寄せることができない。


 正直、『今はカサのあるスカートが絞られてスリムになった分、腰に盛るのか。座りにくそうだな』程度の感想しか出ないが、総合服飾工房オール・ドレッサーに勤めていて、ドレスなどを扱いながら『最高のスタイルを提供すること』に誇りを持っている彼女の前で──そんな言葉言えるはずもなかった。



 空気を読んで黙るエリックを前に。

 ミリアは真剣に、かつ、ご機嫌があふれ出すような顔で見上げると、



「んでね? 『ドレスの骨クリノリン』は廃れちゃったけど、バッスル・スタイルはまた息を吹き返すかもしれなくて。その時は、旧時代の金属じゃなくて、新しい素材のボーン製が主流になってくるんじゃないか……と、言われている」

「ふうん? なるほど?」



 ニコニコ、饒舌に。

 身振り手振り、動かす彼女に相槌を打つ。

 紙の中の夫人に可愛らしさは感じないが、それに対してご機嫌にしゃべるミリアは、──どうして・・・・こう・・…………



「えとね? 女性は、腰からおしりにかけて、ボイルしたエビの背中のカラ? みたいな? 蛇腹みたいなの、装備する。これで、おしりぽわんってして、可愛くなる」

「…………うん、なるほど?」



 うしろ腰の辺りに、手の動きで『ぽわん』を表す彼女に、とりあえず、相槌。

 じわじわと顔が緩む。

 にぎやかで嬉しそうな仕草が、なんとも・・・・……



「そこをね? リボンとか~、コサージュとか、そういうの乗っけて~、あまあまふわふわ、スタイリッシュでくしゅ~ってなるの。みんな可愛くなる~♡ か~わいい~~~♡」 

「…………へえ、なるほど?」


「か~わいい♡」

「うん」


「かわいい~♡」

「………………ん」


「…………わかってないよね?」

「…………わかってるよ、大丈夫」



 自分の前で、『ぽわん』とか『か~わいい~♡』と繰り返す彼女に、エリックは、真面目な問いかけから逃げるように目を反らし、腕を組んだ。



 頭に入ってこなかった。

 『ミリアがそれらを可愛いと感じていることは十分に分かった』のだが、その他がまるで飲み込めない。お道化たり可愛いと連呼する彼女しか入ってこない。


 そんな自分は叱咤するべきで、駄目なのだと解っているのだが、どうにもミリアが・・・・ミリアの・・・・話題を散らしてきて・・・・・・・・・・仕方ないのだ。



(……くそ、どうかしてる)



 言葉が入ってこないなんて言っている場合ではない。

 このままではいけない。


 盟主であり貴族であり、相棒であるのに『ごめん、聞いてなかった』とは言えないし言いたくない。自分の心を殴るように腕を組み、彼は[スっ]と短く息を吸いこむと、────何事もなかったかのように資料に目を落とした。



「…………なんだか、凄いな。『そこまでする必要はあるのか?』とも思うけど」

「あります」

(…………あ。……しまった)



 平静を装い怪訝を交えて落としたコトバに、ミリアのジトっとした真顔が返ってきて、エリックは苦く汗を滲ませた。


 完全に悪手である。

 それが焦りから来たものか、それとも気まずさから来たものかはわからないが、完全に『頭を使っていなかった』のは事実だった。



(……どうも、うっかり口を滑らせるというか)



 苦い顔で舌を巻いた。

 ミリアに出会ってから巻きっぱなしだ。その自覚もあった。

 気が緩む。心を許している自覚がある。そして、変なところで緊張もする。それらが「うっかり」を齎すのであろうが、今現在の失態については早めに修復・・・・・しなければらない・・・・・・・・・



 彼はミリアを盗み見た。

 ミリアはいまだに真顔のままだ。

 それに対して彼が取った言葉は──、『肯定』と、『男である自分の考え』だった。


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